結界師
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雪村家の朝、一番遅くに起きるのは毎夜家業に励む時音だ。
時音が顔を洗い、軽く身だしなみを整え居間へ行くと静江と時人によって朝食は並べられている。
「おはよう」
「おはようございます。」「おはよう」「おはよう、早く座りなさい」
上座に時子が座り、時子から見て左側に静江、右側の手前に時人が座り、その横に時音が座る。上から見て時人、時音の順になるがこれに特に意味はなく、上下関係を示す意図はもちろんない。昔雪村家に来たばかりの時人の箸の持ち方やら食べ方やらに目を吊り上げた時子が傍に座らせ厳しく教えた頃の名残だ。あの頃は仕草一つにもピシャリと祖母の𠮟責が飛んだものだが、今は作法を完璧にし文句のつけようのない時人にとって懐かしい思い出らしい。
「静江さん、いつもありがとうございます。」
「いえいえ」
時子が静江を労わり、揃って手を合わせ朝食を食べる。寝坊や朝食を抜きにすることは雪村家ではご法度だ。
食事が済んだら時音は制服に着替えに部屋へ戻る。既に制服を着ている時人は、食器を片付ける時子と静江の手伝いをしてから部屋に鞄を取りに行く。
時音の着替えもそのころには終わり、時子と静江に見送られ時間に余裕を持って家を出る。たまに眠そうな覇気のない顔の年下の幼なじみと出くわすと、通学路を外れる事になるので面倒だ。
案の定今日も後ろからついて来る年下の幼馴染みに耐え切れず、住宅地の塀や屋根を駆け回っていると途中時人がぼそりと良守へ何かを呟く。すると途端追いかけくるのが止まるので二人で通常の通学路へと戻る。従兄弟へ何を言ったのか聞いても答えが返って来ることはあまりない。
時音は隣を歩く自分と同い年の従兄弟へ視線をやった。
時音より背は高く、黒に青紫のファスナーの学ランを崩すことなくきっちりと着ている。前を向く横顔は整った造形をしており、傍目から見ても綺麗な男子だ。他人から見ると時音と顔立ちや雰囲気が似ているらしい。
時音としては、怒ると淡々と言い詰めたり冷たい目で見つめたり、時人は性格も雰囲気もおばあちゃんに似ていると思ってる。これだから墨村は。と口元に手を当てて鼻で笑うところなんてそっくりだ。時人もそのうち着物で生活するようになるかもな、と考えているのは内緒だ。
時人が雪村家に来たのは時音が小学校に入る前だ。五、六歳くらいだったろうか。
祖母に連れられ少しの荷物とともにやってきた時人は子供らしからぬ鋭く暗い目をしており、怖かったのを覚えている。時人は自分の力の事を知らなかったと聞いていたが、生来結界術の才能があったらしく修行を始めてから僅か一月で時音は追い抜かれてしまった。
物心つく前から結界師である祖母と父の背を見て育ち、拙いながら修行に励んできた時音にとってそれは今迄積み重ねてきたもの全てが足元から崩れてしまうような大きなショックだった。父が残した家の家業と、その正統継承者としての誇りが突如やってきた従兄弟に奪われてしまったような気さえした。
あからさまに調子を崩し塞ぎこんだ時音は、見かねた祖母の叱咤と時人との対話によって立ち直ることが出来た。今思えば、あれは生まれて初めての腹を割った本音のぶつかり合いだった。生まれたその瞬間から正統継承者という価値を背負った時音と親に拒絶され不必要な子どもとして育った時人。もうおぼろげな部分もあるが、最後は二人して泣いていたと思う。泣いた後、時人がこの家で唯一血の繋がらない静江に初めて甘えたのもあの時だった。
そんな同い年の従兄弟であり、術のライバルである時人は異性に随分とモテるらしい。端整な容姿をした時人は時音から見ても格好いいと思うことはしばしある。母もよく時人をカッコイイと褒めジ〇ニーズに写真を送ろうとした事もある。時音と時人で全力で阻止したが。
烏森学園は時音と時人の母校の美影小学校の出身者が多いが、当然他の小学校の出身者や隣町から電車で通う生徒もいる。
中等部に入学したばかりの頃は同じ学年にいる為二卵性の双子と思われ、時人のことを聞きにくる女子が多かった。愚痴交じりにそう語った時音に自分も男子達に詰め寄られたと疲れた顔で時人も言っていたが、そっちはただの従姉妹だと分かったらすぐ飽きられたと思う。時音はいまいち祖母譲りの美少女といえる容姿に自覚がない。ちなみに今でも時音と時人を双子だと思っている生徒は多いが、人の多い学園なので訂正するのも面倒だと時人は放置している。
二人で登校していると、よく時人を見る女子の視線を感じる。廊下で別れ自分の教室で友人にそう伝えると「時人君人気だからね~」と返された。
小学校からの友人で親友のまどか曰く、眉目秀麗で文武両道、それを鼻にかけず分け隔てなく優しい優等生の時人はとても人気らしい。なんでも高等部人気は不動の一位だという。
確かに嘘ではないが、随分と脚色が入っている。外見はともかく、おばあちゃん第一で動く従兄弟の中身を知っている時音からすれば肩をすくめて「騙されてるのよ」と言ってやりたい。
時音は男子生徒だけでなく一部の教師からも人気な上、烏森の白百合やらナイチンゲールやらあだ名までついているのだが、知らぬは本人だけだ。
「うっわマジかよお前!」
「はぁ~~!俺も雪村さんとぶつかりてぇ~!!」
「てか雪村さんも廊下走ったりするんだな‥‥かわいい」
「それな」
「で、どんな感じだった!?烏森の白百合!平成のナイチンゲール!」
「やっべえよ!!すぐ行っちまったけど、なんかめちゃくちゃいい匂いした‥‥!髪もふわーってなびいてて、マジで天使かと思った‥‥あーもう今なら死んでもいいわオレ!!」
「へえ、本人が死んでもいいって言ってるんだからいいよな」
「「「ゲッ!?」」」
後ろから声をかけた途端ビクついた野郎共に気分が急降下していく。高等部を示す青紫のジッパーラインの入った学ランのクラスメイトたちが、やばい雪村だ、とわたわたと顔を青く染める。その様子に苛立つのを抑えにっこりと笑みを作ってやると、遠くで女子の黄色い声が上がった。
「それで?誰とぶつかりたくって、誰がいい匂いで‥‥コタはなんだっけ?今すぐ屋上から飛び降りたい?」
「言ってねえよ!!?」
「いや言ってぜこいつ!なあ?」
「おう、言ってた言ってた!雪村さんにぶつかられて『あぁ、ごめんなさい…!』まで言われたんだ、思い残すことはねえよこいつも!」
「そうだそうだ、羨ましい!」
「コタのくせに!」
「『あぁ、ごめんなさい…!(裏声)』なんて言われてねえけど!?てめえら羨ましいからって人を生贄にしてんじゃねーよ!!」
わーぎゃーしだしたクラスメイトを眺めため息をつく。これを時音に見せてやりたい。どうも自分が男共に注目され支持を得てる――つまりモテていることに鈍感な従姉妹は、見ていてはらはらするのだ。たかが肩がぶつかっただけでこれだけ大騒ぎするこいつらもこいつらだけども、と冷めた視線を投げる。特に中心で生贄にされてる小学校からの友人に。
「大体雪村ならここにもいるだろ。」
「清らかじゃねえ方の雪村は黙ってろ!」
「そうだこのイケメン!雪村さんとひとつ屋根の下で暮らしやがって…!」
「従姉妹をネタに盛り上がるクラスメイトを見た時の俺の心境を考えてみろ」
「う”っ、やめろ!!雪村さんとそっくりの顔で冷たい目で見ないでくれ!心が痛む!」
「あの品行方正な白百合の従兄弟なのに、なんでこんな性格悪いんだ…!!」
「こいつは昔っからこうだぜ…」
「何言ってるんだ。俺も品行方正で白百合のごとき、だろ?」
「てめえは鬼百合だ!!」
「いいのは成績と顔だけだこんにゃろう!」
「それだけで羨ましい!!ノート見せろくそ!」
「お前ら俺を褒めたいのか貶めたいのかどっちだよ」
「ねえー雪村君、とついでに男子どもー!そろそろ先生くるよー!」
「あ、本当だ」
かけられた声に時計を確認し席へと向かう。教えてくれた女子に礼を言えば頬を染めてどういたしまして、と返される。オレらはついでか!との声はスルーされていた。
チャイムが鳴れば教師が壇上に立ち、滔々と教科書を読み上げる。既に予習した箇所を細かに説明されるのは退屈で、真面目に聞いているふりをしてなんとなしに窓の外を見上げれば見慣れた奴の姿を捉えた。
(あいつまたサボって‥‥)
時人の教室は中等部の屋上と丁度対角線上に位置する。その屋上の給水塔というのだろうか、丸いタンクのようなものが少し上がった小さなスペースがある。そこに上がる為の梯子に足をかけ、今まさに登っていく学ランの男子に少しばかり頭が痛くなる。小柄なもさもさ頭は間違えようなく隣家の年下の幼なじみだ。この教室になって半年は経つが、もう数え切れないほど授業中に屋上にいる良守を見つける。
あいつの成績は大丈夫なのだろうか‥‥と遠い目になってしまう。志々雄などの妖混じりほどではないが、妖退治を小さい頃からしている時人の視力は平均より優秀なようで、他のクラスメイトが気づいた様子はまだない。いつも通り枕を抱えた良守が屋上に座り込み、ごろりと寝転んだようでこちらからは見えなくなる。
(悠々自適ってやつだよな、良守は)
聞き流していた授業に頃合いだとまとめて板書するべくシャーペンを走らせ、また教科書の朗読を始めた教師に念糸をひょろりと指先から出す。優等生として通してる時人に教室で出来る暇つぶしなんてこれくらいだ。ひゅるひゅる、と五指から一本ずつ二本ずつと、昔に比べたら数も太さも調節できるようになった糸状結界を手遊ぶ。晴れた青空が眩しかった。
時音が顔を洗い、軽く身だしなみを整え居間へ行くと静江と時人によって朝食は並べられている。
「おはよう」
「おはようございます。」「おはよう」「おはよう、早く座りなさい」
上座に時子が座り、時子から見て左側に静江、右側の手前に時人が座り、その横に時音が座る。上から見て時人、時音の順になるがこれに特に意味はなく、上下関係を示す意図はもちろんない。昔雪村家に来たばかりの時人の箸の持ち方やら食べ方やらに目を吊り上げた時子が傍に座らせ厳しく教えた頃の名残だ。あの頃は仕草一つにもピシャリと祖母の𠮟責が飛んだものだが、今は作法を完璧にし文句のつけようのない時人にとって懐かしい思い出らしい。
「静江さん、いつもありがとうございます。」
「いえいえ」
時子が静江を労わり、揃って手を合わせ朝食を食べる。寝坊や朝食を抜きにすることは雪村家ではご法度だ。
食事が済んだら時音は制服に着替えに部屋へ戻る。既に制服を着ている時人は、食器を片付ける時子と静江の手伝いをしてから部屋に鞄を取りに行く。
時音の着替えもそのころには終わり、時子と静江に見送られ時間に余裕を持って家を出る。たまに眠そうな覇気のない顔の年下の幼なじみと出くわすと、通学路を外れる事になるので面倒だ。
案の定今日も後ろからついて来る年下の幼馴染みに耐え切れず、住宅地の塀や屋根を駆け回っていると途中時人がぼそりと良守へ何かを呟く。すると途端追いかけくるのが止まるので二人で通常の通学路へと戻る。従兄弟へ何を言ったのか聞いても答えが返って来ることはあまりない。
時音は隣を歩く自分と同い年の従兄弟へ視線をやった。
時音より背は高く、黒に青紫のファスナーの学ランを崩すことなくきっちりと着ている。前を向く横顔は整った造形をしており、傍目から見ても綺麗な男子だ。他人から見ると時音と顔立ちや雰囲気が似ているらしい。
時音としては、怒ると淡々と言い詰めたり冷たい目で見つめたり、時人は性格も雰囲気もおばあちゃんに似ていると思ってる。これだから墨村は。と口元に手を当てて鼻で笑うところなんてそっくりだ。時人もそのうち着物で生活するようになるかもな、と考えているのは内緒だ。
時人が雪村家に来たのは時音が小学校に入る前だ。五、六歳くらいだったろうか。
祖母に連れられ少しの荷物とともにやってきた時人は子供らしからぬ鋭く暗い目をしており、怖かったのを覚えている。時人は自分の力の事を知らなかったと聞いていたが、生来結界術の才能があったらしく修行を始めてから僅か一月で時音は追い抜かれてしまった。
物心つく前から結界師である祖母と父の背を見て育ち、拙いながら修行に励んできた時音にとってそれは今迄積み重ねてきたもの全てが足元から崩れてしまうような大きなショックだった。父が残した家の家業と、その正統継承者としての誇りが突如やってきた従兄弟に奪われてしまったような気さえした。
あからさまに調子を崩し塞ぎこんだ時音は、見かねた祖母の叱咤と時人との対話によって立ち直ることが出来た。今思えば、あれは生まれて初めての腹を割った本音のぶつかり合いだった。生まれたその瞬間から正統継承者という価値を背負った時音と親に拒絶され不必要な子どもとして育った時人。もうおぼろげな部分もあるが、最後は二人して泣いていたと思う。泣いた後、時人がこの家で唯一血の繋がらない静江に初めて甘えたのもあの時だった。
そんな同い年の従兄弟であり、術のライバルである時人は異性に随分とモテるらしい。端整な容姿をした時人は時音から見ても格好いいと思うことはしばしある。母もよく時人をカッコイイと褒めジ〇ニーズに写真を送ろうとした事もある。時音と時人で全力で阻止したが。
烏森学園は時音と時人の母校の美影小学校の出身者が多いが、当然他の小学校の出身者や隣町から電車で通う生徒もいる。
中等部に入学したばかりの頃は同じ学年にいる為二卵性の双子と思われ、時人のことを聞きにくる女子が多かった。愚痴交じりにそう語った時音に自分も男子達に詰め寄られたと疲れた顔で時人も言っていたが、そっちはただの従姉妹だと分かったらすぐ飽きられたと思う。時音はいまいち祖母譲りの美少女といえる容姿に自覚がない。ちなみに今でも時音と時人を双子だと思っている生徒は多いが、人の多い学園なので訂正するのも面倒だと時人は放置している。
二人で登校していると、よく時人を見る女子の視線を感じる。廊下で別れ自分の教室で友人にそう伝えると「時人君人気だからね~」と返された。
小学校からの友人で親友のまどか曰く、眉目秀麗で文武両道、それを鼻にかけず分け隔てなく優しい優等生の時人はとても人気らしい。なんでも高等部人気は不動の一位だという。
確かに嘘ではないが、随分と脚色が入っている。外見はともかく、おばあちゃん第一で動く従兄弟の中身を知っている時音からすれば肩をすくめて「騙されてるのよ」と言ってやりたい。
時音は男子生徒だけでなく一部の教師からも人気な上、烏森の白百合やらナイチンゲールやらあだ名までついているのだが、知らぬは本人だけだ。
「うっわマジかよお前!」
「はぁ~~!俺も雪村さんとぶつかりてぇ~!!」
「てか雪村さんも廊下走ったりするんだな‥‥かわいい」
「それな」
「で、どんな感じだった!?烏森の白百合!平成のナイチンゲール!」
「やっべえよ!!すぐ行っちまったけど、なんかめちゃくちゃいい匂いした‥‥!髪もふわーってなびいてて、マジで天使かと思った‥‥あーもう今なら死んでもいいわオレ!!」
「へえ、本人が死んでもいいって言ってるんだからいいよな」
「「「ゲッ!?」」」
後ろから声をかけた途端ビクついた野郎共に気分が急降下していく。高等部を示す青紫のジッパーラインの入った学ランのクラスメイトたちが、やばい雪村だ、とわたわたと顔を青く染める。その様子に苛立つのを抑えにっこりと笑みを作ってやると、遠くで女子の黄色い声が上がった。
「それで?誰とぶつかりたくって、誰がいい匂いで‥‥コタはなんだっけ?今すぐ屋上から飛び降りたい?」
「言ってねえよ!!?」
「いや言ってぜこいつ!なあ?」
「おう、言ってた言ってた!雪村さんにぶつかられて『あぁ、ごめんなさい…!』まで言われたんだ、思い残すことはねえよこいつも!」
「そうだそうだ、羨ましい!」
「コタのくせに!」
「『あぁ、ごめんなさい…!(裏声)』なんて言われてねえけど!?てめえら羨ましいからって人を生贄にしてんじゃねーよ!!」
わーぎゃーしだしたクラスメイトを眺めため息をつく。これを時音に見せてやりたい。どうも自分が男共に注目され支持を得てる――つまりモテていることに鈍感な従姉妹は、見ていてはらはらするのだ。たかが肩がぶつかっただけでこれだけ大騒ぎするこいつらもこいつらだけども、と冷めた視線を投げる。特に中心で生贄にされてる小学校からの友人に。
「大体雪村ならここにもいるだろ。」
「清らかじゃねえ方の雪村は黙ってろ!」
「そうだこのイケメン!雪村さんとひとつ屋根の下で暮らしやがって…!」
「従姉妹をネタに盛り上がるクラスメイトを見た時の俺の心境を考えてみろ」
「う”っ、やめろ!!雪村さんとそっくりの顔で冷たい目で見ないでくれ!心が痛む!」
「あの品行方正な白百合の従兄弟なのに、なんでこんな性格悪いんだ…!!」
「こいつは昔っからこうだぜ…」
「何言ってるんだ。俺も品行方正で白百合のごとき、だろ?」
「てめえは鬼百合だ!!」
「いいのは成績と顔だけだこんにゃろう!」
「それだけで羨ましい!!ノート見せろくそ!」
「お前ら俺を褒めたいのか貶めたいのかどっちだよ」
「ねえー雪村君、とついでに男子どもー!そろそろ先生くるよー!」
「あ、本当だ」
かけられた声に時計を確認し席へと向かう。教えてくれた女子に礼を言えば頬を染めてどういたしまして、と返される。オレらはついでか!との声はスルーされていた。
チャイムが鳴れば教師が壇上に立ち、滔々と教科書を読み上げる。既に予習した箇所を細かに説明されるのは退屈で、真面目に聞いているふりをしてなんとなしに窓の外を見上げれば見慣れた奴の姿を捉えた。
(あいつまたサボって‥‥)
時人の教室は中等部の屋上と丁度対角線上に位置する。その屋上の給水塔というのだろうか、丸いタンクのようなものが少し上がった小さなスペースがある。そこに上がる為の梯子に足をかけ、今まさに登っていく学ランの男子に少しばかり頭が痛くなる。小柄なもさもさ頭は間違えようなく隣家の年下の幼なじみだ。この教室になって半年は経つが、もう数え切れないほど授業中に屋上にいる良守を見つける。
あいつの成績は大丈夫なのだろうか‥‥と遠い目になってしまう。志々雄などの妖混じりほどではないが、妖退治を小さい頃からしている時人の視力は平均より優秀なようで、他のクラスメイトが気づいた様子はまだない。いつも通り枕を抱えた良守が屋上に座り込み、ごろりと寝転んだようでこちらからは見えなくなる。
(悠々自適ってやつだよな、良守は)
聞き流していた授業に頃合いだとまとめて板書するべくシャーペンを走らせ、また教科書の朗読を始めた教師に念糸をひょろりと指先から出す。優等生として通してる時人に教室で出来る暇つぶしなんてこれくらいだ。ひゅるひゅる、と五指から一本ずつ二本ずつと、昔に比べたら数も太さも調節できるようになった糸状結界を手遊ぶ。晴れた青空が眩しかった。