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二周か三周下ったころ、壁に一際目立つ扉が現れた。Liderの文字が刻まれ、取手や覗き窓の装飾が緻密だ。
「さて、上の奴に挨拶しなきゃな」
男が扉を徐に開ける。ギリギリと音を鳴らして扉は重苦しく開いた。
少年は目を疑った。何人か彼を連れてきた二人と似たような服を着た男女がいるのは予想通りだったが、だだっ広い机の向かい側、背もたれの高い椅子に座っていたのは人のような何かだったからだ。いや、人だ。身体の右半分は。左半身は機関人形の中身がところどころ見え隠れしているような、継ぎ接ぎだらけの身体だった。胸元の青緑色の石が怪しく光っている。
その半機械人間は少年に向かって不自然なまでに人間らしく笑いかけた。
「ようこそ、《蜘蛛の目》へ」
雑音のない女の声。きろりと左の眼球が少年の体を足先から頭まで舐めるように見まわした。
「これまた随分小さな坊やを連れてきたわね。レティ、アルフレド」
少年を連れてきた男女の背筋が少し伸びた。少年はさして気に留めていない様子で、目の前の半機械人間を睨むようにしている。
「……ああ、これね。見ての通り、私は半機械人よ。それと」
椅子から立ち上がる。歯車がきりきり回る音が微かに響いた。
「ここの統率者。リデルって呼んで頂戴、坊や」
リデルは少年の前まで来て、ぺたんと屈み、少年と目線を合わせた。その一連の動作にどう見ても機械らしい所は見当たらず、左半身のそれが寧ろ不自然にさえ見えた。
少年が名前を言おうと口を開いた瞬間、
「まって」
唇に押し当てられる冷たい指。
「ここではね、名前は与えられるモノよ」
言い放ち、リデルはすっと立ち上がった。そして壁際でその様子を傍観していた一人の男を見据える。
「さて、この坊や。どんな名前が似合うかしら、カルロス」
「また俺ですか……?」
カルロスと呼ばれた男は困ったように頭を掻きながら少年の前に立ち、顔を覗き込む。うーん、と暫く考え込む。そして一言零す。
「ハル、とか」
少年の瞳が少し大きくなった。
「ふうん、所以は?」
「所以、って言われてもなぁ……」
リデルの問いにカルロスはまた困ったように頭を掻く。
「何か、この子の目見てると、遥か彼方を見てるような気になっただけで」
目をあげ、どこか得意げな表情で続ける。
「ここから遠い国、和国の言葉に《迥》ってもんがあるんですが、そこからとりました。意味はそのまま、「遥か遠く」とかそんな感じで、この子にぴったりかなって」
「あっそ」
「あっそは酷いです」
リデルは聞き飽きたと言うような表情を浮かべた後、また少年の方に向き直った。
「まあ名前も付いたことだし、ここでの仕事について簡単な説明ね」
リデルは机の周りを歩きながら身振り手振りを交えて説明する。
「来る時にも見たと思うけど、基本は整備、修理ね。たまには外で仕事することもあるけれど普通はここ、宮塔の整備。分からないことは何でも訊きなさい、誰でも初めてのことはあるから。そして、仕事時でもそうでもなくても、必ず相棒と行動すること」
ハルは怪訝そうな顔をしてリデルを見上げた。リデルはちらっとハルを見て微笑んだ。
「理由?それは相棒に訊きなさい。まあ、そんな感じよ」
心無しかレティたちの目に憂いが帯びた。気に留めずリデルの一人講演は続く。
「で、その相棒なんだけど」
くるっと振り返ったその顔には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「丁度一人、余っているのよ」
「さて、上の奴に挨拶しなきゃな」
男が扉を徐に開ける。ギリギリと音を鳴らして扉は重苦しく開いた。
少年は目を疑った。何人か彼を連れてきた二人と似たような服を着た男女がいるのは予想通りだったが、だだっ広い机の向かい側、背もたれの高い椅子に座っていたのは人のような何かだったからだ。いや、人だ。身体の右半分は。左半身は機関人形の中身がところどころ見え隠れしているような、継ぎ接ぎだらけの身体だった。胸元の青緑色の石が怪しく光っている。
その半機械人間は少年に向かって不自然なまでに人間らしく笑いかけた。
「ようこそ、《蜘蛛の目》へ」
雑音のない女の声。きろりと左の眼球が少年の体を足先から頭まで舐めるように見まわした。
「これまた随分小さな坊やを連れてきたわね。レティ、アルフレド」
少年を連れてきた男女の背筋が少し伸びた。少年はさして気に留めていない様子で、目の前の半機械人間を睨むようにしている。
「……ああ、これね。見ての通り、私は半機械人よ。それと」
椅子から立ち上がる。歯車がきりきり回る音が微かに響いた。
「ここの統率者。リデルって呼んで頂戴、坊や」
リデルは少年の前まで来て、ぺたんと屈み、少年と目線を合わせた。その一連の動作にどう見ても機械らしい所は見当たらず、左半身のそれが寧ろ不自然にさえ見えた。
少年が名前を言おうと口を開いた瞬間、
「まって」
唇に押し当てられる冷たい指。
「ここではね、名前は与えられるモノよ」
言い放ち、リデルはすっと立ち上がった。そして壁際でその様子を傍観していた一人の男を見据える。
「さて、この坊や。どんな名前が似合うかしら、カルロス」
「また俺ですか……?」
カルロスと呼ばれた男は困ったように頭を掻きながら少年の前に立ち、顔を覗き込む。うーん、と暫く考え込む。そして一言零す。
「ハル、とか」
少年の瞳が少し大きくなった。
「ふうん、所以は?」
「所以、って言われてもなぁ……」
リデルの問いにカルロスはまた困ったように頭を掻く。
「何か、この子の目見てると、遥か彼方を見てるような気になっただけで」
目をあげ、どこか得意げな表情で続ける。
「ここから遠い国、和国の言葉に《迥》ってもんがあるんですが、そこからとりました。意味はそのまま、「遥か遠く」とかそんな感じで、この子にぴったりかなって」
「あっそ」
「あっそは酷いです」
リデルは聞き飽きたと言うような表情を浮かべた後、また少年の方に向き直った。
「まあ名前も付いたことだし、ここでの仕事について簡単な説明ね」
リデルは机の周りを歩きながら身振り手振りを交えて説明する。
「来る時にも見たと思うけど、基本は整備、修理ね。たまには外で仕事することもあるけれど普通はここ、宮塔の整備。分からないことは何でも訊きなさい、誰でも初めてのことはあるから。そして、仕事時でもそうでもなくても、必ず相棒と行動すること」
ハルは怪訝そうな顔をしてリデルを見上げた。リデルはちらっとハルを見て微笑んだ。
「理由?それは相棒に訊きなさい。まあ、そんな感じよ」
心無しかレティたちの目に憂いが帯びた。気に留めずリデルの一人講演は続く。
「で、その相棒なんだけど」
くるっと振り返ったその顔には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「丁度一人、余っているのよ」