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「さて、着いたぞ。ご苦労さん」
靴の底に硬くのっぺりした感触が響く。小気味よい音を鳴らして箱型蒸気車輌を降りる。鉄と油の匂い。駅中を覆うほどの人々。行儀よくオレンジに輝くガス灯。ガラス張りの天井から星がちらちらと輝いている。工場まみれの都市の空気が意外にも汚れていないことに少年は内心驚いた。都市の空気は自由にする、と偉い誰かが言っていたような。
駅を出ると、まさに夢見ていた帝都の街並みが広がっていた。押し潰されそうなほど高く聳えた鈍い光を放つ建物の群れの中、少年はひときわ目立つ双塔に目を奪われる。
「見るのは初めてか」
男が少年の肩に手を置く。少年は初めて男の顔を見た。男の顔は何処か誇らしげにすら見えた。
「一度訪ねれば戻れない、飢えることのない満たされた楽園」
鉄のアーチをくぐり抜け、それが顕になった。
「ここが蒸気機関の真髄、シエロだ。
__そしてあれが帝都の源、時の双剣、アルコ=イリスだ」
天を穿つ程高く、時計の部品にも似た巨大な板や歯車がゆっくりと双塔の間で音を刻んでいる。巨人が忌々しい魔物を封じこむ為に地に突き刺した双剣というお伽噺が生まれたのもうなずける。
「もう良いだろう、さっさと行くぞ」
止まってちゃいつまでも進まん、と男がぼやくのを聞いて、漸く少年は足を踏み出す。
双塔の向かって左側に入る。男がガコンとレバーを倒し、扉を押し開け、ランタンに火を灯すと、塔の内部がじわじわと色を持ち始めた。天井が見えないほど高く、大人が二十人手を繋げる程太い円筒状の柱から蜘蛛の巣のように細い廊下が何層にも放射状に伸びているのがわかる。柱からワイヤーの音や時おり金属を叩いたような音が聞こえる。見ると作業員達が何人か壁やパイプの修理をしている。
「昇降機を使う程遠くないからこっから行くぞ」
男が壁沿いの階段を指す。螺旋を描いて地下へと下っていく。
「くれぐれも足を滑らせないでね、《蜘蛛の胃》に落ちたら誰も助けることは出来ないから」
少年は階段の手摺り越しに地下を見下ろす。底は見えない。時おり上から金属片のようなものが降ってきてその奈落に吸いこまれていく。とてつもなく大きい屑籠のようなものだろうと少年は見当をつけた。
暫く下ると、階段の脇で制御装置らしいものとパイプを弄っている男がいた。作業服姿の背中に、徐に男が話しかけた。
「よぉ、ジャックリー」
ジャックリー、と呼ばれた作業服姿の男がゴーグルをずりあげてこちらを見る。
「あぁなんだ、お前らか。新人の顔見せに連れて来たってか」
「そうかもな、手元見ないと噴くぞ」
パイプから勢いよく蒸気が噴き出すのを横目に通り過ぎる。背中の方から話ふったのはお前じゃないかよ!と恨み言が聞こえるのは気の所為だろう。女が少年に説明する。
「彼はジャックリー。宮塔の調整をしている整備員よ。この塔はシエロ全体の動力を賄っているから常に不具合がないか確かめているの」
ジャックリーはバルブを閉めるのに手こずっているようだった。もう一人男が来て閉めるのを手伝い始めた。
「__仕事は必ず二人一組で行い、寝食も共にするわ。大掛かりな作業も多いから一人では出来ない」
遠い目をして女は付け足した。
「……良い相棒が居るといいわね」
靴の底に硬くのっぺりした感触が響く。小気味よい音を鳴らして箱型蒸気車輌を降りる。鉄と油の匂い。駅中を覆うほどの人々。行儀よくオレンジに輝くガス灯。ガラス張りの天井から星がちらちらと輝いている。工場まみれの都市の空気が意外にも汚れていないことに少年は内心驚いた。都市の空気は自由にする、と偉い誰かが言っていたような。
駅を出ると、まさに夢見ていた帝都の街並みが広がっていた。押し潰されそうなほど高く聳えた鈍い光を放つ建物の群れの中、少年はひときわ目立つ双塔に目を奪われる。
「見るのは初めてか」
男が少年の肩に手を置く。少年は初めて男の顔を見た。男の顔は何処か誇らしげにすら見えた。
「一度訪ねれば戻れない、飢えることのない満たされた楽園」
鉄のアーチをくぐり抜け、それが顕になった。
「ここが蒸気機関の真髄、シエロだ。
__そしてあれが帝都の源、時の双剣、アルコ=イリスだ」
天を穿つ程高く、時計の部品にも似た巨大な板や歯車がゆっくりと双塔の間で音を刻んでいる。巨人が忌々しい魔物を封じこむ為に地に突き刺した双剣というお伽噺が生まれたのもうなずける。
「もう良いだろう、さっさと行くぞ」
止まってちゃいつまでも進まん、と男がぼやくのを聞いて、漸く少年は足を踏み出す。
双塔の向かって左側に入る。男がガコンとレバーを倒し、扉を押し開け、ランタンに火を灯すと、塔の内部がじわじわと色を持ち始めた。天井が見えないほど高く、大人が二十人手を繋げる程太い円筒状の柱から蜘蛛の巣のように細い廊下が何層にも放射状に伸びているのがわかる。柱からワイヤーの音や時おり金属を叩いたような音が聞こえる。見ると作業員達が何人か壁やパイプの修理をしている。
「昇降機を使う程遠くないからこっから行くぞ」
男が壁沿いの階段を指す。螺旋を描いて地下へと下っていく。
「くれぐれも足を滑らせないでね、《蜘蛛の胃》に落ちたら誰も助けることは出来ないから」
少年は階段の手摺り越しに地下を見下ろす。底は見えない。時おり上から金属片のようなものが降ってきてその奈落に吸いこまれていく。とてつもなく大きい屑籠のようなものだろうと少年は見当をつけた。
暫く下ると、階段の脇で制御装置らしいものとパイプを弄っている男がいた。作業服姿の背中に、徐に男が話しかけた。
「よぉ、ジャックリー」
ジャックリー、と呼ばれた作業服姿の男がゴーグルをずりあげてこちらを見る。
「あぁなんだ、お前らか。新人の顔見せに連れて来たってか」
「そうかもな、手元見ないと噴くぞ」
パイプから勢いよく蒸気が噴き出すのを横目に通り過ぎる。背中の方から話ふったのはお前じゃないかよ!と恨み言が聞こえるのは気の所為だろう。女が少年に説明する。
「彼はジャックリー。宮塔の調整をしている整備員よ。この塔はシエロ全体の動力を賄っているから常に不具合がないか確かめているの」
ジャックリーはバルブを閉めるのに手こずっているようだった。もう一人男が来て閉めるのを手伝い始めた。
「__仕事は必ず二人一組で行い、寝食も共にするわ。大掛かりな作業も多いから一人では出来ない」
遠い目をして女は付け足した。
「……良い相棒が居るといいわね」