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「……え」
青年は少年の反応に逆に驚かされる。想定外のことが起きたように青年も硬直する。
少年は半ば見蕩れたように青年の双眸を見つめたままだ。
暫くの沈黙の後、硬直が解けた青年が恐る恐る口を開いた。
「……お前、俺の目の色が分かるか」
少年はその質問を訝しむこともなく素直に答える。
「茜と碧、だと思う。とても綺麗な夕日と空の色」
青年は少しの間呆けたように突っ立っていた。ハルが心配そうにそわそわし始めたころになって、漸くぽつりと何かを呟いた。ハルには分からない言語だったが、きっと感嘆詞か何かだろう。
この瞬間、ハルの中でエゼクサオン=変な人という印象は確固たるものとなった。
「ど、どうしたんだ」
少年が狼狽えて訊いても青年は上の空だ。そんなに悪いことを訊いただろうかとハルは余計に不安になる。
青年は何か深刻そうに考えている(完全に自分の世界に入っている)ようで、ハルの方を見もしない。いきなり帝都に連れて来られても怯えやらそういった感情を一切顔や声に出さず、ニル・アドミラリの手本であったようなハルが明らかに狼狽え心配し、もう一度声を掛けてみようかと口を開きかけたとき、ようやく青年は何かの答えを見つけたらしく「ああ、そうか」と呟いた。
(独りで話を進めないでほしいなぁ)とハルが心の中で文句を言ったこともつゆ知らず、赤髪の青年はまたあの笑顔を貼り付けた。
「ごめんな、ちょっと考え事をしてた。自分だけで勝手に考えて勝手に答えを出すのは俺の悪い癖だ。今のは忘れてくれ」
(考え事、とは)とハルは訝しむ。せめて何が引っかかって何が答えになったのかくらいは教えてくれてもいいんじゃないか。
青年がハルに近づき、屈んで目の高さを合わせる。妖しく光る双眸がハルの瞳を見据えた。
「もう一回訊いてもいいか」
「……何」
「瞳の色」
本当に変な奴、と思いながらハルはもう一度答えた。自分の心臓を貫いた色を。
「……夕日の橙色と空の碧、だよ」
「そうか」
どことなく嬉しそうな声色。何だこいつ。口には出さないがハルの顔はそう言いたげだ。結局何も解決してはいない。それでも何か失せ物を見つけた時のような、静かに、密かに喜んでいる青年の様子を見て、ハルはそれ以上追及する気にはなれなかった。
青年はまたゴーグルを着けた。左目のレンズのピントを合わせ、それからまたハルの方に向き直る。
「すまないな。よく自分の世界に入るんだ。気にしないでくれ。……じゃあ、部屋の説明とか諸々するからついてこい」
そして忘れてた、と言うように近くの棚から何かを取り出し、ハルに渡した。
「あとこれ、余りもんだけど無いよりはマシだろ」
使い古されたゴーグルと染みのついた帽子、手袋だった。前の相棒が使ってたんだ、とこちらを見ずに彼は言った。ハルは自分には少し大きすぎる帽子を被った__刹那、視界が暗くなる。頭を撫でられる懐かしい感触。それもがしがしと大雑把に。帽子の鍔をあげると、にやにや笑っている青年の顔が現れた。さっきの貼り付けたような笑顔とは違う、彼の心からの笑顔であるように思われた。
青年は少年の反応に逆に驚かされる。想定外のことが起きたように青年も硬直する。
少年は半ば見蕩れたように青年の双眸を見つめたままだ。
暫くの沈黙の後、硬直が解けた青年が恐る恐る口を開いた。
「……お前、俺の目の色が分かるか」
少年はその質問を訝しむこともなく素直に答える。
「茜と碧、だと思う。とても綺麗な夕日と空の色」
青年は少しの間呆けたように突っ立っていた。ハルが心配そうにそわそわし始めたころになって、漸くぽつりと何かを呟いた。ハルには分からない言語だったが、きっと感嘆詞か何かだろう。
この瞬間、ハルの中でエゼクサオン=変な人という印象は確固たるものとなった。
「ど、どうしたんだ」
少年が狼狽えて訊いても青年は上の空だ。そんなに悪いことを訊いただろうかとハルは余計に不安になる。
青年は何か深刻そうに考えている(完全に自分の世界に入っている)ようで、ハルの方を見もしない。いきなり帝都に連れて来られても怯えやらそういった感情を一切顔や声に出さず、ニル・アドミラリの手本であったようなハルが明らかに狼狽え心配し、もう一度声を掛けてみようかと口を開きかけたとき、ようやく青年は何かの答えを見つけたらしく「ああ、そうか」と呟いた。
(独りで話を進めないでほしいなぁ)とハルが心の中で文句を言ったこともつゆ知らず、赤髪の青年はまたあの笑顔を貼り付けた。
「ごめんな、ちょっと考え事をしてた。自分だけで勝手に考えて勝手に答えを出すのは俺の悪い癖だ。今のは忘れてくれ」
(考え事、とは)とハルは訝しむ。せめて何が引っかかって何が答えになったのかくらいは教えてくれてもいいんじゃないか。
青年がハルに近づき、屈んで目の高さを合わせる。妖しく光る双眸がハルの瞳を見据えた。
「もう一回訊いてもいいか」
「……何」
「瞳の色」
本当に変な奴、と思いながらハルはもう一度答えた。自分の心臓を貫いた色を。
「……夕日の橙色と空の碧、だよ」
「そうか」
どことなく嬉しそうな声色。何だこいつ。口には出さないがハルの顔はそう言いたげだ。結局何も解決してはいない。それでも何か失せ物を見つけた時のような、静かに、密かに喜んでいる青年の様子を見て、ハルはそれ以上追及する気にはなれなかった。
青年はまたゴーグルを着けた。左目のレンズのピントを合わせ、それからまたハルの方に向き直る。
「すまないな。よく自分の世界に入るんだ。気にしないでくれ。……じゃあ、部屋の説明とか諸々するからついてこい」
そして忘れてた、と言うように近くの棚から何かを取り出し、ハルに渡した。
「あとこれ、余りもんだけど無いよりはマシだろ」
使い古されたゴーグルと染みのついた帽子、手袋だった。前の相棒が使ってたんだ、とこちらを見ずに彼は言った。ハルは自分には少し大きすぎる帽子を被った__刹那、視界が暗くなる。頭を撫でられる懐かしい感触。それもがしがしと大雑把に。帽子の鍔をあげると、にやにや笑っている青年の顔が現れた。さっきの貼り付けたような笑顔とは違う、彼の心からの笑顔であるように思われた。
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