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ひどく澄んだ青空が見える。


「■■■、早く行きましょう」
 そう言ってトリーシアは丘をかけ登ってゆく。振り向きざまにこちらを見て、にっと笑って大きく手を振る。お嬢様には似つかわしくないそのお転婆な仕草に、呼ばれた少年は微笑んだ。
「はりきりすぎだよ、待てってば」
 カール丘陵地帯の竜の始末を頼まれたという建前で来ているので、大剣やらワイヤーやらで荷物が重い。それでも彼女の笑顔を見ると、疲れとかそういうものが全てちっぽけに見えてくるから不思議だ。
「早く早く!」
「分かったから……わっ!」
 ヒュン、と草木が凪ぐ音が耳を掠めた。曇った様に空が暗くなる。ギシギシと鳴る機械音、ああ、これは。
「リーシャ、危ない!」
 機械竜が、トリーシアのすぐ後ろに降り立つ。
 そして彼女に向かって大きくその鋭い爪を振り下ろす__
 考えるより先に身体が動いていた。
 腕に馴染みのある温もりを感じ、少年は息をつく。
 さっきまで彼女が立っていた野原は、竜の爪に抉られ見るも無残な姿になっていた。あと一秒でも遅かったらどうなっていただろう。
「……立てるか、早く逃げろ」
 ゆっくりと彼女を下ろし、怪我が無いことを確認すると、少年は竜の方へ向き直る。
 横目で彼女が走っていくのを見届け、竜に吐き捨てるように言う。
「あーあ、お前のせいで台無しだよ全く」
 竜は新しい獲物をただ見据えている。熱蒸気が絶えず口から漏れでているせいで陽炎が立っている。
「きっちり落とし前はつけてもらうよ」
 少年は大剣を展開し、竜に飛びかかる。ワイヤーを竜の頭部から飛び出ているパイプに引っ掛け、そのまま宙返りした勢いで額に剣を突き刺す。噴き出る蒸気。竜の体液に塗れた破片が彼の頬を掠め、目に血が入る。
 竜の火炎放射を既のところで避けたが片目は暫く使えそうにない。
 (出血毒と神経毒か、クサリヘビみたいなかまし方してくるな)
 呑気にそんなことを考えている暇はない。竜がまた身じろぎをする。
「……老いぼれ竜の癖にやってくれるじゃねぇの」
 ワイヤーを手繰って大剣の柄を探り、握り直す。
「生憎俺は獣寄りなんでね、そんくらいの毒は効かねぇよ」
 竜はぐちゃぐちゃになった頭部を引き摺るようにこちらを向き、口を開く。油臭く、生臭い蒸気がまた噴き出す。
『__なりそこないが調子に乗るな』
 少年が竜に飛びかかる。垂れる血と油が青い草原を染める。
『小僧、憶えておくがよい』
 大剣が雲一つない蒼穹を指し示す。
『お前の目に刻みつけられた、怨嗟と慟哭を___』

 
 
 彼女の声が聞こえる。
 
 
 
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