迷い子の足跡
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「俺は学園長先生に報告をしてくる。そっちは伊作に任せるぞ。」
「わかった。千花さんのことは任せて。」
ふたりの間で交わされた短いやり取り。名前を呼ばれたことで、ああ、私の名前をちゃんと覚えてくれたんだ、なんて妙なところに感動してしまう。
文次郎くんと別れたあと、私は伊作くんと医務室へ向かうことになった。
足元には砂利の道。夕方の風が、ほんのり肌を撫でて通り過ぎる。ふと空を見上げると、日が傾きはじめていた。沈みかけの太陽が、雲の端を茜色に染めている。空が、もうすぐ夜だと告げているようだった。
(そういえば最近、のんびり空を見上げることなんてなかったな...)
その景色に見惚れていると、さっきの文次郎くんの言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
(……報告、って言ってたけど)
先生に?どんな風に?そもそも、部外者がこんな教育機関に簡単に入っちゃっていいの?
頭の中に、もわもわと不安が湧き上がってくる。日が沈むというただそれだけのことが、なんだか余計に心細くさせた。
(今夜寝る場所だってわかんないし、これから……一体どうなっちゃうんだろ)
足元を見つめたまま、心の中がだんだん曇っていくのを感じたその時だった。
「大丈夫ですよ。保健委員は、元々生徒以外の人を手当てすることも多いんです。怪我が回復するまでは、誰がなんと言おうと僕が責任を持ちますから」
不意に聞こえたその声に、はっと顔を上げる。隣を歩く伊作くんが、こちらを見ずに前を向いたまま、穏やかに言った。
(えっ……もしかして、私、顔にめちゃくちゃ出てた……!?)
思わず頬に手を当てたくなってしまう。心配をかけたくないのに、どうしてこう、不安が隠しきれないんだろう。
「…なんで、伊作くんはそんなに良くしてくれるの?」
……こんな、得体の知れない人に。
つい、口からこぼれた本音。聞いてはいけないことだったかもしれない。でも、知りたかった。
伊作君は私の方を向き少し目を見開いた後、はにかみながら続けた。
「だって僕、保健委員ですから。怪我している人を見つけたら放っておけないんです。」
どこか昔を懐かしむように伊作君は答えてくれた。
夕焼けに照らされた亜麻色の髪はきらきらと反射して輝いており、思わず見惚れてしまう。少し吊り上がりつつも優し気な目は、しっかりと私を捉えていた。
(この人はきっと、心から人助けが好きなんだろうな)
何となく、そんな気がした。
「…それに、千花さんは僕に似ている気がするんです。」
「嘘でしょ!?」
斜め上の回答が飛び出し、思わず突っ込みを入れてしまった。似てる!?私が伊作くんに!?少なくとも文次郎君に聞かれたら鼻で笑われちゃいそうだけど……私が。
「嘘じゃないですよ。そもそも山で遭難している人を置き去りにするのは何だか気が引けるし…まあこんな性格だから、先生方やプロの忍の方からはお前は忍者には向かないって言われちゃう事も多いんですけどね。」
自嘲気味に笑いながらそう言う伊作くん。確かに、彼の優しさは現代の一般的な忍者のイメージとはかけ離れている。プロの忍者や先生達なら、そういう評価を下すのも当然の事なのかも知れない。でも…
「忍者の事はよく知らないけど、…私は最初に出会えたのが伊作くん達で良かったと思ってるよ。怪我をした人がいたら真っ先に側に駆け寄ってくれたし、今だって、私が不安にならないように優しく言葉をかけてくれて…」
出会ってからほんの僅かしか経ってないものの、訳のわからない状況で伊作君の優しさに何度も救われたのは事実だ。それはきっと、私だけじゃない。
「伊作君のそういう所に救われた人は沢山いるんじゃないのかな。」
思ったままのことを真っ直ぐ口に出したつもりだけど……これ伊作君のフォローになってなくない!?
「……!」
伊作くんの目が一瞬大きくなって、それから言葉を失っていた。
「ご、ごめん!!!なんか上手くフォロー出来なくて、あぁいや違う違う、無理矢理フォローしようとした訳じゃなくて、これは本音で…!、」
慌てて必死に言葉を重ねるも、もう焦って頭が上手く回らずどんどん話が別方向に逸れてしまっている。
(こんなに異質な人間によくしてくれてるのに、私は…私は…!!)
「……ぷっ、あはははははっ!千花さん、焦りすぎですよ!」
……え?と思った時には、伊作くんは涙が出そうなほど笑っていた。その無防備な笑い声とあまりの気恥ずかしさに、耳の裏がかっと熱くなるのが分かる。
(穴があったら入りたい…!!)
「――何だか久しぶりにこんなに笑った気がします。」
ようやく笑いを辞めた伊作君がぼそっと呟いた。その言葉が、少しだけ胸に残った。
訳のわからない状況に突如投げ込まれて、今もこれからの事なんて何もわからないけど…
――ほんの少しだけなら、大丈夫かも知れない。
「というか敬語つかわなくていいよ。堅苦しいのあんまり得意じゃないんだ。」
気恥ずかしさを紛らわせるみたいに言ったその言葉に、伊作くんがぱっと目を輝かせた。
「…!!本当かい?言われなかったら、そのままのつもりだったから…嬉しいな。」
その笑顔が、どこか安心したようで、あったかかった。
(そっか、彼も少し緊張してたのかも。優しさに慣れてる人なんて、きっといないんだ)
ちょっと肩の力が抜けて、ようやく私も少しだけ笑えた気がした。
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