迷い子の足跡
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頭がぼんやりする。頬を撫でる生温い風が心地よいが、背中と脚が砂利に刺されて痛い。まるで森の中にいるようだ。
「ここは…?」
ゆっくりと瞼を開ける。広がるのは、見覚えのない風景だった。高く伸びた木々が周囲を囲み、柔らかな木漏れ日が地面を照らしている。土の香りと、どこか懐かしい草の匂いが鼻をかすめた。
どうして? ここはどこ? そんな疑問が頭を巡る。
確か私は、出かける予定があるから、いつもより早めに起きて、準備をして。そこで——
(…何、してたっけ?)
記憶がない。思い出せそうで思い出せない。最後に何をしていたのか、なぜここにいるのか、何もかもが霧がかかったように曖昧だった。
まだぼんやりする頭をどうにかはっきりさせようとぺちんと腿を叩く。少しよろめきながら、じっとり湿った幹を支えに私は立ち上がった。
何一つ状況は理解出来ないけど…とにかく近くに人がいないか探そう。
見た感じ道は舗装されておらず、道とも言えないようなじゃり道が続いている。ぺたんこ靴を履いていて助かった。ストッキング一枚の脚は心もとないけど…
「すみませーん!誰かいませんかー!」
声の限り叫んでみる。が、返事はない。何度か繰り返してみたものの結果は同じだ。
ひとまず道なりに進んでみる事にする。
草を踏み締めるたびに足元でさくさくと音が鳴り、時折吹く風が木の葉をざわざわと揺らす音が辺りに響く。ただそれだけの光景がこんなに美しいなんて知らなかった。ふと視線を上にあげると、木の枝に野鳥が止まり、その枝のさらに上、木漏れ日の隙間から見える空は抜けるような快晴が広がっている。
(こんなにぽかぽかしていい天気なのにな… )
四半時程過ぎただろうか。靴を履いているとは言え、整備された道に慣れきった脚は徐々に疲労を蓄積していた。じんじんとした鈍い痛みが広がっていく。だが、それよりも気になるのは喉の渇きだった。
口の中がひどく乾いている。喉の奥が引っかかるように痛くなり、唾を飲み込もうにも、出るのは粘ついただけだった。舌が上顎に引っ付いて痛い。
「水……」
小さく呟いた。無意識に探すようにあたりを見渡す。しかし、木々ばかりで小川の気配もない。心細さがじわじわと胸の奥を侵食していく。
誰かいないかと歩き回っていたはずなのに、いつの間にかそれどころではなくなっていた。足の疲労と喉の渇きが焦燥をかき立てる。助けを求めようにも、この場所に人がいる保証はない。
「……どうしよう」
今の自分は、どこにいるのかもわからない、何が起こったのかもわからない、そしてこのままどうすればいいのかも——。
不安に押しつぶされかけた時、ふっと風が吹いた。その直後—
「見つけたぜ!」
ふわりと何者かが風を切る音が聞こえた。突如、背後から何者かに腕を後ろでがっちりと捕えられる。音もなく現れたその人物は男のようだが、身体が強張って上手く上半身だけ振り返る事が出来ない。
「だっ、誰ですか!?」
「手間取らせやがって…暫く大人しくしてろよ」
男の力が強まり、手首にギチギチと食い込むのを感じた。
誰?何で捕まってるの?どこかに連れてかれるの?怖い、怖い、痛い……
背中が冷たい。助けを呼ぼうにも喉が縮こまって声が出ない。そもそも、目が覚めてから誰とも会えてないのに。
「ちょっと文次郎、あんまり強くしたら駄目だろ。痛がってるじゃないか。」
高めの爽やかな声が後ろから聞こえた。どうやらこの男の仲間らしい。
文次郎?この人のことかな…
震える身体を何とか抑え、後ろを向く。
私を取り押さえている男。そして、木の幹を支えに枝の上に立つ少年。
その姿を見た瞬間、私の目は点になった。
_____だって、今の日本ではまず見ないような和服を着ている。しかも、髪も長い。
「えっ?」
思わず出ちゃったよ、声。
「僕は反対方向に向かった小平太に知らせて来るから、文次郎はその人を_____ 」
少年が言葉を終える前に、突然「バキッ!」と派手な音が響いた。
「えっ?」
驚いてそちらを見ると、足元の枝が折れ、バランスを崩した彼が木から落ちかけている。
「わっ、伊作!?」
「うわっ、ま、まずい!」
彼は必死に幹を掴もうとするが、運悪く袖が引っかかり、体勢を崩したまま真っ逆さまに落下する。
「おっ……あわあわわわ!」
そのまま私と文次郎の真上に頭から降ってくる。
「ちょっ、お前!」
「うわあぁぁぁっ!!」
ドサッ!!!!
私と文次郎君に直撃し、三人まとめて地面に転がった。文次郎君の腕が緩んだおかげで、私は自由になったものの、衝撃でしばらく動けない。
「痛ってぇ……! 伊作、お前……!」
「ご、ごめん……!そんなつもりは……」
その時、頭上から元気な声が響いた。
「おーい!文次郎ー!伊作ー!」
見上げると、今度は木の上から女性を担いだまた別の少年がこちらを見下ろしていた。
「失踪していた姫は私が捕まえたぞー!……って、伊作、なんで地面に転がってるんだ?」
快活そうな少年が、きょとんとした顔で尋ねる。
「そ、それが……って、えっ?姫?」
伊作は驚いたように声を上げ、すぐに立ち上がると、女性を担いだ少年
——小平太に話しかけた。
「小平太、その女性は今回の実習で捕えるよう言われていた姫なのかい?」
「あぁ間違いない!」
気絶しているがな!と小平太君は自信満々に頷く。
「事前に伝えられた特徴とそっくりだし、私が捕えた後観念して身元を白状してくれたからな!」
見ると、君が背負っているお姫様は気を失っているようだった。着物の裾から見える脚には、大きな赤黒い傷跡がいている。
このお姫様、こんなに雑に抱えちゃダメな人だよね!?
「…ねえ、この人脚を怪我してない?」
「…!」
少し見せて!と小平太と呼ばれた少年に話しかける。すると、彼が反応するより前に伊作君が答えた。
「その傷なら問題はないと思うよ。見る限りかなり古い傷跡だし、特に周りに異常も見られない。」
そう述べた伊作君は私より遥かに冷静で、観察眼が優れてたみたい。
(絶対余計な事言っちゃった……)
後は元いた城に届けて忍務完了だな!と高らかに笑う小平太に、伊作は「なら…」と呟き、振り返る。
「初めまして。忍術学園6年生、保健委員会委員長の善法寺伊作と言います。」
丁寧に自己紹介をした後、彼は私に向かい、やや真剣な声色で問いかけた。
「___貴方は一体どこから来たんですか?」
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