金魚の接吻
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それから、黒尾との奇妙な関係が続いて一ヶ月程経った。
もちろん、自分から今更アプローチをかけることなんて出来ない。だから黒尾に呼ばれた数だけ自分も呼んで、少し肌に触れて、偶にあの日のような口付けをした。
今もいつものように、あの教室の影で。
「今日はどうしたの?」
「……青山が、すげえ嬉しそうに野田と繋いだ手ェ見てて、」
そう呟きながらながらそっと並んだ掌を重ねて、指を絡めて繋ぐ。
感触を確かめるみたいに握り込んでくる指をそっと撫でてみる。
なんとなく、そういう日は「何があったのか」を聞くのも習慣化していた。
その理由は「イチャイチャしてるとこを見かけてムカついた」「心底嬉しそうに笑いかけるところを見た」とか、挙句の果てには「恋愛ドラマを見てたら思い出した」だとか、そんなものだった。
「……どきどき、する?」
「…………わかんね。」
「私はするよ、ほら。」
言って、繋がった手を引き寄せて自分の首に当てる。
とくん、とくん、頸動脈を伝う少し早くなった鼓動を彼の手の甲に乗せた。
顔の真下にある指が少し力むのがわかる。見上げた黒尾は私のせいか、夕日のせいか、少し赤らんでいるように見えた。きっとこのシチュエーションに肖って、都合よく解釈しているんだろうけど。
「いいのかよ?俺なんかにドキドキしちゃって。」
「いいんじゃない?むしろその為なんじゃないの?」
「……それもそう、か。」
ふと、絡んでいた指が離れる。そのまま私の頬に触れると小さく、唇がくっつく。
「……俺も、ドキドキしてきた。かも。」
その掠れた声が、私を一番熱くさせることを彼は知らない。
こういう日は必然的に、帰路を共にすることになる。
暗くなった通学路を適当な場所まで並んで歩いて、少し見送ってくれた。
翌日、そんな私達を見かけたらしい夜久がタイミングを見計らって私の席にやって来た。
「なあ、もしかしてイイ感じなのか?」
「う〜ん……どうだろう。」
「でも昨日一緒に帰ってただろ?」
「あれはなんか成り行きって感じだし……」
「?、そーかよ……」
煮え切らない、と言いた気にで首を傾げる。
もしかしたら彼は、私達に漂う小さな空気の変化を感じているのかもしれない。
それでも私には、「付き合っている」と断言できなかった。
◇◆◇
数日経った放課後、その日は気が向いたので部活に顔を出していた。
休憩中、疎らになった部員をよそ目に腰を掛けていると、久しぶりに彼の方から声を掛けられた。
「お疲れ様。」
「お疲れ、研磨。どうかしたの?」
黒尾と仲がいい事もあってそこそこ会話を交える様になったものの、研磨がこうして自主的に話し掛けて来るのは稀だった。
不思議に思い彼の様子を窺うと研磨は目を合わせず隣に座る。
そして何かを言い淀んでいるのか視線を彷徨わせていた。
特段急いで居ないのでぼんやり目を外すと少しして、小さく声が耳に届く。
「……クロと何かあった?」
投げていた視線が黒尾を映したところでぴたり、止まってしまった。
恐る恐る声の主に向き直ると今度は大きな目がしっかり私を捉えている。
声色から「何か」が何を指しているのか、なんとなくわかってしまった。
「……なんで私に?」
「そんな気がして。」
「そっか……珍しいね?研磨がそういうの聞くの。」
「クロの様子が変なの、青山さんの影響だけじゃないって思って。」
「青山さんのこと、よくご存知で……」
「俺も散々愚痴られたから……」
「あ〜……」
ぼんやり二人の帰る姿を思い浮かべると、愚痴をこぼす黒尾を安易に想像できた。
でもその矛先が私に向いた理由が思い当たらない。上手く隠してきた……つもりだし、彼も健全とは言えないこの関係に対してそう軽口を叩くような人ではないだろう。
「……二人は、付き合っては、ないの?」
大きな瞳が、じっと私を見詰める。
その瞳孔はきっと今の関係を見抜かずとも、私の気持ちは見透かしているんだろう、と。何となく思った。
「……付き合っては、ないよ。」
「…………そっか。」
「休憩終わりー!!」
主将の呼び声に研磨はやる気なく立ち上がる。
その横顔から、研磨の思考は読み取れなかった。
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