金魚の接吻
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「……ひどいかお。」
きっと彼は、私の瞳の先にあの子を重ねている。
「なんでお前までそんなカオしてんだよ……」
私の目の前にいる彼は、間違いなく私の愛しい人で。
「私も、同じだからだよ。」
そう言って重なった、金魚のような軽く触れ合うだけの唇。
報われない気持ちを重ねたところで、こうして夕陽から隠れる様に息を潜めることしか出来ないと解っていた。
◇◆◇
この制服に袖を通してから、遂に三度目の春がやってきた。
受験生という肩書き以外に大きな変化は特にない、と思っていた。
「……青山にフラれた」
「はあ!?」
「ばっ……!声がデケェ!!」
「お前もだろ?」
進級後のあれやこれやが落ち着き数日経った昼休み、昨年度と変わらない面子。爆弾を投下したのは紛れもなく、一年生の頃から私が密かに想いを寄せていたこの男。黒尾鉄朗だった。
その発言に被爆し声を荒らげたのは中学からの友人である夜久、宥めているのが二年間同じクラスだった海だ。
「いや、この年度の頭に告ったの?タイミングおかしくない?」
「だって苗字、もう高校生活も一年しかないんだぜ?丸一年間のイベント網羅するとしたら今のうちに付き合うしかねえだろ?」
「結局部活があるから大して変わらないんじゃ……」
「正論で殴るのが必ずしも正しいワケじゃないんですゥ!!」
海の一言に完全に撃沈してしまった黒尾、夜久は落ち込んでいる黒尾が面白いのかけらけらと楽しそうに去年を振り返っていた。
「にしても長かったよな〜、去年のクラス替えで気になり始めたっつってたから一年か?」
「片思いにしちゃ長かったな……いや、まだ終わってないからね?諦めてないからね俺」
「よっ!粘りの音駒!」
「突っ込む元気もないぐらい落ち込んでるっつーのにお前はよ……」
てっきり乗ってくると読んでいたのか張り合いのない黒尾に「そこまでこっ酷くフラれたのかよ?」と目を丸くする夜久。
「……去年同じクラスだったサッカー部の野田と付き合ってるからってフラれた……」
「はあ!?!!?」
「だァから!!!」
いい加減うるさい、と静止を掛けるような予鈴に生徒達が席を移動し始める。バツが悪そうに舌打ちをかまし立ち上がる黒尾と、「じゃあ」と隣のクラスへ戻って行く海をぼんやり見遣っていると夜久に様子を窺われる。
「……お前、本当にいつもこんな話聞いてて大丈夫なのかよ……?」
「うん。……まあ、今回は流石にちょっと……」
「……ま、俺に出来ることがあるなら言えよ?何していいかわかんねえから、ちゃんと相談な」
私の気持ちを知っている夜久はそういってぽん、と私の頭へ手を置いて席を戻し座る。
夜久は黒尾の悩み相談が日常と化した今も私を気にかけてくれるし、時には相談にも乗ってくれる。
それでも今は何していいかも、どうしたらいいのかもわからないのだ。
暖かい気持ちはありがたかったが、私の心を晴らすには不充分だった。
その日の放課後、私は回ってきた日直の仕事に取り掛かっていた。
日直は二人居るのだが六限の提出物を出して貰っているので、私は一人日誌と睨めっこしている。
教室の扉が開く音に、帰ってきたかと顔を上げるがそこに居たのは背の高い、嫌でも目に付くこの男だ。
「あれ?部活は?」
「忘れ物。苗字は?」
「日直」
「そーか」
進級してからまだ席替えをしておらず、廊下側に席の近い黒尾はそそくさと自席に近付き中を漁る。私は徐に立ち上がってそっと歩み寄ってみる。
「珍しいんじゃない?忘れ物」
「……まー、それなりに落ち込んでたからな」
「あ〜……」
自ら地雷を踏んでしまった、などと落ち込んでいる時間はない。私は今、自分の中に過った悪い思いつきに、手を伸ばそうとしていた。
「……私も、ずっと失恋してるんだよね」
「へェ、初耳だわ」
「言ってないからね」
そして自分でいつも、無意識に保っていた距離。友人としての間隔を一歩、詰めて見上げる。
「……だから、"代わりに"どう?」
「…………は?」
愛おしいこの男はその日一番、怪訝な顔をしていただろう。
「……いやいやいや、なんの冗談だよ」
しかしその表情は一瞬にして、いつものニヤついた笑顔に戻っていた。
「あはは、なんの冗談だろうね」
「仮にも苗字チャンは女の子なんだからそんなコト言っちゃダメでしょ〜?」
「うわ、黒尾に女の子扱いされた。明日雪?」
「あのねぇ……」
そんな話をしているとガラガラ、日直の片割れが仕事を終え戻ってきたらしい。
私は荷物と日誌を取ると扉の前に居るその子へ「お疲れ様、ありがとう〜」なんて声を飛ばし黒尾へまた近付く。
「……でも、考えておいてね?じゃあまた明日。」
そう言って教室を後にする。「何の話?」と聞かれたので「明日の昼何食べようって話」と適当に返事をした。
後ろは、振り返れなかった。