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「……え、侑?」
「え、名前やん、偶然やな!」
東京某所。友人との飲み会を終えて、一人で飲み直そうとお気に入りのバーへ足を踏み入れていた。
そこには親の転勤で三年間だけ通っていた高校の同級生、今となってはプロバレーボーラーの彼が一人、カウンターでグラスを煽っていた。
「にしてもひっさしいな〜、自分ここら辺に住んでるん?」
「ううん、勤め先が近くて。よく仕事終わりに一人で来るんだよね、侑は?」
「スポンサーの人がオススメやって連れてこられてん、ここええよなあ。そっから気に入ってたまに一人で来るんや。」
「そうだったんだ、いいよね〜ここ。別店舗が横浜の方にもあってさ、仕事先で用事があるとつい行っちゃう。」
「そなんや!俺はここしか知らんからなあ。言うて今日来るのもまだ片手で数えるぐらいやな。」
「ちなみに兵庫にも何件かあるんだよ?」
「うっそ、知らんかったわ!帰る機会あったら寄ってみよかなあ。」
数年ぶりと思えないほどのテンポで会話は弾み、流れるように隣へ招かれてしまったので腰を掛ける。いつもの調子でスマホから一杯目を頼むと、それは偶然にも彼が煽っていたものと同じものだった。
「カンパリオレンジです。」
「お、名前もカンパリいけるタチなんやな。」
「最初はびっくりしたけどね。グレープフルーツが好きだったからかな、いつの間にか慣れちゃった。」
「そやったんか。……ちなみに初めて飲んだきっかけって何やったん?」
「え〜なんだったっけ……メニュー見て気になったから頼んでみた、とかだったと思うけど……」
「そおか……」
そうぼんやり呟いた彼は宙を見上げる。そしてせや、と思い出したように私を見下ろした。
「名前、カクテル言葉って知っとる?」
「え、なにそれ。」
「花言葉的なやつや、カクテルにもいくつかあんねん。」
「へえ……よく知ってるね、なんか侑にしては女々しくない?」
「んなことあらへんやろオシャレって言ってや!因みに知ったきっかけになったんはさっき言ったスポンサーの人やで、飲みながら色々教えてもらってん。」
「へ〜……ちなみにカンパリオレンジは?」
喉仏を揺らしグラスを空にした侑は、指先で次のドリンクを注文して私を見詰める。
「『初恋』や。」
その言葉に私は、まるで心の内を覗かれた錯覚に陥る。
「ま、俺は完全に好みで頼んどるから深い意味なんてないんやけどな?それこそ前飲んどった時にドヤ顔で教えてもろた訳やし。」
「ドヤ顔だったんだ……」
私は見透かされた気がしたそれを誤魔化すように飲み干し、次の一杯を決めるべく端末を眺める。
そうしているうちに先程侑が注文していたものが届いた、グラスが二つ。
「ジントニックと、キールです。」
「あ、それはこっちに。」
そう言って目の前に差し出されたキールは、もちろん頼んだ覚えがない。
「え、なに、何で?」
「さっき言うてたアレや、意味があんねん。いつか言おう思うてたからちょうど良かったわ。」
「へえ……どういう意味?」
ふと彼を見上げる。いつから私を見ていたのか、楽しげな視線が私のそれと絡む。細められた目はあの時よりずっと色っぽくなった、ような気がした。
「内緒や、自分で調べてみい。」
「え、なんでよ?」
「見たらわかんで、俺に態々言わすんは野暮やーってわかるから。なあ?」
これまたいつからこっちを見ていたのか、侑と視線を合わせたマスターは小さく微笑み返す。
訳の分からない私は、メニューを表示していた画面を検索画面へ切り替え指を滑らせることしか出来ない。
程なくして検索エンジンが結果を示す。映し出された告白紛いなそれに、私は目を見開いた。
「……!」
「ふは、顔真っ赤やん。酔ったんか?」
くつくつ喉を鳴らし笑いながら顔を覗き込む彼はまた、そやとにやり口を弛める。
「お返事、言葉調べて俺に注文してや。」
トントン、とスマホを指で軽く叩く。
つまり「カクテル言葉を調べて次のグラスで返事をして」ということらしい。
「ええ……え、ええ……」
「あっは、なんやねんその反応!」
耐えきれんとばかりに笑って彼はグラスを空にしてしまう。
「ほら、はよしてや。俺まだまだ飲むつもりなんやから。」
「ええ……私が飲めないじゃん……」
「言うて、名前はちゃあんと選んでくれるやろ?」
にっこり、まさにそんな効果音をつけて彼は笑う。そんな笑みに文句をつけられない私は、自分に呆れる他ない。
「ねえ、わかっていってんの?」
「なんやそれ、期待してええってコト?」
「さあね、仕方ないから選んであげますかあ〜」
「んじゃ頼むわあ。あ、じゃあついでに食うもんも頼んでや、クラッカー系でなんか。」
「はいはい……」
……なんて。調べなくても、私の答えは決まっていた。
暫くして、私の注文したグラスは、私の想いは運ばれてしまう。
「カンパリオレンジです。」
「え……?」
当然のように顔は見れず、私は顔を逸らし俯く。
「……最初にそのカクテル言葉を聞いた時、わかってて話振られたのかと思った。」
「そこまでは考えとらんかったわ……てか何、これは結局どっちなん!?」
狼狽えた声が背中に掛る、様子を窺うと予想通り顔を真っ赤にした侑の姿。私は思わず笑いながら目を細めて彼を見上げる。
「態々私に言わせるのは、野暮なんじゃないの?」
カウンターの奥でマスターはお見事、と笑みを浮かべていた。