short
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
柄にもないことをしたと思う。
僕の手の中には小さなアクセサリーボックス、目の前にはまるで歴史の変わる瞬間を目の当たりにしたような表情。
言い訳をさせてもらうとするならこれは小さな偶然の積み重ねから起きてしまった結果、ということにしたい。
◇◆◇
「苗字さん、来週誕生日なんだっけ?」
そう耳馴染みのある声が響いたのは先週の昼休み、僕の平常心を揺るがす原因がバレー以外に一つ増えて憂鬱に思っていたある日。
山口とその、僕の心を穏やかで居させてくれない原因である「それ」が、楽しげに話していた。
「え、山口くん覚えててくれてたんだ!」
「この前偶然苗字さんが友達と話してるの聞こえちゃって……何か欲しいものとかある?」
「あはは、別に何もいらないよ。ありがとうね?」
そう照れ笑い垂れた横髪をそっと耳に掛ける。
……くだらない。その会話、その仕草、何も動揺する事なんて起きていないのに。
「あ、そういえば山口くんの誕生日は?」
「俺?俺は11月10日だよ!どうして?」
「もし何かくれるならお返ししなきゃと思って。覚えておくね!」
そう微笑みながらスケジュール帳を開き『山口くん誕生日』と、ペンを滑らす。
僕は油断していた、その後の彼女の、視線の行方を。
「あ、月島くん!月島くんは誕生日いつ?」
思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「何急に、プライバシーの侵害?」
「山口くんの誕生日を聞いてたの。私は来週なんだ〜。月島くんは?」
「……別に、いつだっていいでしょ。」
「ちょっとツッキー!」
「うるさい山口。」
妙に苛立ってしまった僕は教室を後にする。些細なことなのに無駄に感情が絡み付く、僕はそんな自分を心底くだらないと思うことしか出来なかった。
「疲れた……」
周りの向上心に当てられてしまったのか「たかが部活」に精を出している。最近の自分はらしくない、と思う反面体に降りるこの疲労とその変化を受け入れつつあった。
そんな部活後母に買い出しを頼まれ大きな駅によっていた僕はふと、目を向けてしまったのだ。アクセサリーショップで何か手に取り、やめて、友人と楽しげに話しその店を後にする彼女の姿を。
そしてまたふと、柄にもないことを思いつく。彼女の誕生日、物欲し気な表情、喜ぶ顔。……ホントに、本当にくだらない。自分の変化に、感情に、追い付かず処理しきれないまま、僕はその店へと足を運んでいた。
◇◆◇
なんとタイミングがいい事に当日の放課後、僕と彼女は委員会で二人きりになっていた。
面倒事が少なそうという理由で選んだ図書委員は実際、自主的に活動したい人以外は予想以上に仕事をしなくて済んだ。しかし今日は違う。彼女が請け負った軽い書庫整理に、同じクラスという理由で僕もその仕事を命じられていた。
「珍しいね月島くん、委員会で初めて見かけたかも。」
「部活ばっかで顔出さなかったから、流石に働けって事なんじゃない?」
「あはは!でもバレー部すごいんでしょ?忙しいなら仕方ないんじゃないかなあ。」
そう言って楽しげに肩を揺らし本へ目線を落とす。見下ろした反動で彼女の肩からさらりと髪の毛が落ちる、僕は思わず目を逸らしていた。
「……苗字だって、今日ぐらい断れば良かったんじゃないの。」
「え?」
「誕生日なんでしょ、今日。」
ただその一言だけで彼女は、周りへ鮮やかに花を咲かせる。
「え、覚えててくれたの!?」
「そんな前に話した訳でもないでしょ。」
「それはそうだけど……ふふ、嬉しいなあ。」
いつかのように耳へ髪をかけて、頬を淡く染めてはにかむ。
その耳に、僕は思い出してしまう。柄にもなくあの日買ったそれを、今日自分の鞄へ忍ばせていること。
「そんなに僕に覚えられてたのが嬉しい?」
「えっ、いや、そういう訳じゃ……」
そう言うとなにか言いたげに、もじもじと僕へ体を向けて目を泳がす。
「何?」
「………嘘、嬉しい……です。月島くんに、覚えて貰えてたの。」
思わず耳を、目を、疑いたくなった。
俯いた前髪の先で揺れる睫毛、髪の掛けられた赤く染まる耳。心臓を掴んで揺さぶられてしまうと今日も、僕は調子を狂わされてしまう。
「……じゃあ、珍しいついでにさ。」
「え、何?」
自分の鞄に向かい中身を取り出して、その紙袋を彼女へと向ける。
「えっ、これって……!」
「言い訳させて欲しいんだけど、本当に偶然見掛けたんだよ。あの日近くに居て、それ見てるの、見えて。」
「それで態々、買ってくれたの……?」
そうですよ、キミの為に態々買ってあげたんです。とは流石に言えなくて。動揺してしまっている僕はいつも通りに言葉が紡げず、妙に痒くなった首裏を掻くことしか出来ない。
「……悪い?」
そう吐き捨てると勢いよく僕を見上げた彼女の、真っ赤に染った瞳と視線がぶつかる。
本当に、柄にもないことをしたと思う。
小さなアクセサリーボックスの中には四葉のクローバーのイヤリング、目の前にはまるで世界が真っ逆さまに落ちてしまった瞬間を目の当たりにしたような表情。
小さな偶然の積み重ねから起きてしまったその結果は、彼女に恋に落とされたように、彼女を恋に落としてしまうに充分だったらしい。
また言い訳をさせてもらうと、この時僕はどうして彼女が「このイヤリングが欲しい」と友人と話していたか、四葉のクローバーの花言葉がなんなのか、彼女がどうして必要以上に驚いていたのか、全く知らなかったし気付いていなかった。