透明人間の秘密(連載休止中のため未完)


「……まさか、あんな掘り下げた話が聞けるとは思ってもみなかったわねぇ」

皆で一旦解散し、足取りも重く宿の一室に戻りながら、マーニャは隣にいるミネアの肩にそっと手を置いた。

「ミネア、大丈夫?」

「大丈夫って、なにが」

「結局、どれほどクリフトがアリーナちゃんを強く想っているかってことで落ちがついちゃったじゃない。あんたは聞きたくなかった話でしょ」

「そんなことないわよ」

ミネアは顔を赤らめた。

「それに、わたしたちが知りたかったのはまさにそこだわ。なぜクリフトさんが、あれほどいとわしく感じている死の呪文をみすみす得たのか。

だからと言って、ブライさんがあそこまで話してくれたのは意外だったけれど」

「実際、おじいさんもクリフトが心配なのよ。アリーナちゃんと同様、実の子供や孫のように思ってるんだもの。

それにさっきの話じゃ、彼に能力を与える最初の糸口になったのはおじいさんみたいだし、その当人に戦うたびあんな暗い顔されちゃ、たまらないんじゃないの」

「クリフトさん……大丈夫かしら。まだ部屋から出て来ないなんて」

ミネアは呟いた。

「わたしたちはこれからも戦い続けなくてはならない。それが、この導かれし八つの光が天から賜わった大いなる使命だから。

けれど、その使命のために誰かひとりの心が不当に傷つけられてしまう。そんなことは決してあってはならないわ」

「だーかーら、傷つけるも何も、要はアリーナちゃん次第なんだってば」

マーニャはくるりと身を翻らせてミネアの正面に立つと、両手を広げて大袈裟に肩をすくめてみせた。

「わかるでしょ?クリフトとアリーナちゃんのあいだにもっとはっきりした意思の疎通がありさえすれば、きっと簡単に解決する問題なの、これは。

昨日の戦いでザキを使ったあと、クリフトが膝まづいて祈ってたわよね。あたしにはあんたみたいな霊能力はないけど、あの時彼の背中に「つらい、苦しい」って書いてあるのがはっきり見えたわ。

あの姿を見たら、なんとかしてあげなきゃいけないって誰だって思うわよ。それなのにアリーナちゃんと来たら、ものすごい名案を思いついたみたいに瞳を輝かせて、「ねえ、みんなでお金を出し合って宿の特等室を取って、クリフトを今夜はゆっくり休ませてあげたらどうかしら?」ですって。

あの鈍感お姫様のかわいらしすぎる発想が、あたしにはまったく理解出来ないわね!むしろ女ならこう言うべきでしょ。

「今夜はわたしとクリフトを同じ部屋にして、朝までふたりきりにさせてくれないかしら?」」

「世の中の女性みんなが、姉さんみたいに即物的とは限らないのよ」

ミネアはうんざりしたように言った。

「アリーナさんはアリーナさんなりに、一生懸命クリフトさんを気遣っているの」

「あたしにはそうは思えないわ。むしろ、クリフトの想いをわかっていてあえて気づかないふりをしているように見える。そういうのってずるいと思わない?彼の一途な気持ちを知りつつも、王女殿下の高貴な黄金の靴は真っ向からそれを踏みにじるのよ。

彼のことを想っている人間は他にもいるんだから、その気がないならさっさと解放してあげるべきだわ。そしてお互いすっきり別々の道を歩めばいい」

「姉さん」

ミネアは仕方なさそうにほほえんで、マーニャをそっと抱きしめた。

「わたしのことを気にかけてくれているのね。ありがと」

「……そうじゃないけどさ」

「あのふたりの関係はね、気づくとか気づかないとか、解放するとかしないとか、そんな単純なものじゃないのよ」

ミネアはマーニャの柔らかいほほに鼻先を押しつけながら言った。そうしていると、クリフトという名前を口にするたび喉元を走る、かすかだが鋭い痛みが和らぐような気がするのだった。

「身分を越えて仲の良い幼なじみだったクリフトさんとアリーナさんが、この旅を通して完全に王女と従者にいう立場に追いやられてしまったがゆえに、あのふたりの関係は単純そうでとても難しくなってしまったの。

クリフトさんは、彼女を守りたいという強い想いが、忠誠心なのか恋心なのかわからない。アリーナさんは彼がそばにいてくれるという事実が、義務からなのか愛からなのかわからない。

「愛しているから守りたい」という希望と「任務だから守らなければならない」という義務が同じ場所にあった時、それを受け取る側が「ああ、彼はわたしのことが好きなのね」なんて理解出来ると思う?アリーナさんはクリフトさんの献身を家臣ゆえの忠義だとしか考えていないわ。いえ、考えてはいけないと感じている。

だから、言えないの。「クリフト、もういいよ。そんなに苦しんでまで、わたしのことを守らなくていいよ」って言えないの」

「ミネア」

マーニャは困惑してミネアをきつく抱いた。すりよせたほほが温かく濡れる。涙をあふれさせたミネアは思わず苦笑いした。

「大丈夫よ。これは、わたしの涙じゃない。アリーナさんが心に秘めている想いに、わたしのアンテナが感応しているからなの。霊能者ってこれで色々大変なんだから」

本当にそれだけなの?ミネア。

じゃあどうして、あんたの肩はさっきから少しだけ震えているの?

マーニャはなにも言わずに頷き、ミネアを促して昨晩から泊まっている宿の一室の扉を開けた。

女三人で休んだ部屋の中に、アリーナはいない。ブライとライアンの提案で、今日は行軍も中止し宿で一日完全休養ということになったのだが、話の途中で走り去って行ったアリーナはまだそれを知らないはずだ。

「アリーナさん、きっとどこかで泣いているわ」

ミネアが涙を拭いながら心配げに言った。

「あまり落ち込んでないといいんだけど」

「いいえ。ことこの問題に関しては、少しは落ち込んだ方がいいのよ」

マーニャは頑強に言い放った。

「ただでさえあの子はやんごとなき王女様で、耳の痛いことを面と向かってずばっと言われた経験がないんだから。

今後もただの主従関係を貫くのなら、家臣のクリフトにはとことん犠牲になってもらえばいい。でも、あのふたりはそうじゃない。愛し合う者同士はあくまで対等であるべきだわ」

早く気づきなさい、アリーナちゃん。そして、クリフト。あんたたちふたりの想い合い方は間違ってるの。

きつい言い方してごめんね。でも、あたしはミネアがかわいいんだ。だからどっちに転んでも、あんたたちふたりには早くけりをつけて欲しい。

綺麗に繋がっていたはずの赤い糸が、近くにいすぎるとこんなにややこしくねじれてしまう。

ああ、身近な人間に恋なんかするもんじゃないわ。マーニャは誰もいない部屋を見つめながらため息をついた。
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