雪花



ロザリー様。


貴女と共に過ごしたことで、この世に命が生まれる理由を知りました。


わたしたちがこの命を生きる理由。




学びたいから。

知りたいから。

確かめたいから。

出会いたいから。






愛したいから。







緑金色の甲冑の騎士は、戦った。

目の前に立ちはだかる幾人もの敵のうち、最前列に立つ緑色の目の少年と何合か剣を打ちあわせただけで、兜の面頬の奥のこめかみから血が引いて行くのが解った。

(これは、……負ける)

少年が振り上げ、振り下ろす剣は、恐ろしい速さと鋭さを備えていながら、その実、わずかに芯が震えていた。

ぶつかりあう刃の隙をぬって観察すると、柄を握る彼の手そのものが細かく震えている。よく見ると、構えもおかしい。

恐らく手になにかを患っていて、まともに剣を握れる状態にないのだ。それでいてこの強さ。

(何者だ?ただの人間じゃない。これほどの力を持つ者が、ロザリー様に何用……)

少年の不自然な手の動きに気を取られていると、背後から別の大柄な戦士が剣を逆手に振りかぶって来た。

よける間もなく、すさまじい勢いで胴を薙ぎ打たれる。呻いた緑金色の甲冑の騎士の口から血飛沫が吐かれ、顔を覆う面頬に赤い染みが散った。

深紅の甲冑をまとった、筋骨たくましい口髭の戦士が叫ぶ。

「我らは神のさだめにより、世界に正義と平和を取り戻すべく導かれし者。

我らの大義を阻む忌まわしい魔物よ、黄泉の国へ去るがいい!」

緑金色の甲冑の騎士は体勢を崩しながら、思わず仮面の奥で笑った。

(大義だと)

「大義なら、我があるじとてお持ちになっている。

己れの生をいけにえに捧げた、悲しい、あまりに悲しい大義を」

緑金色の甲冑の騎士は立ち上がり、剣を振り上げて叫び返した。

「我があるじの大義と、貴様らの大義には大きな違いがある。

我があるじは、一族を率いる支配者としてなさねばならぬ大義を掲げる。そこには御自覚がある。邪悪を是とする魔族の王としての、揺るぎない御覚悟がある。

だが、貴様らはどうだ。自分以外の種族をためらいなく殺し、己れの目的のためには守らねばならない聖域すら平然と侵す。それを、平和を取り戻すためだとのうのうと口にする。

これが人間の持つ正しい大義か。

貴様らのやっていることは悪ではないのか?

我ら魔族となにが違う?

正義の名のもとに、命を奪う。己れの理想を体現するために邪魔なものは力づくで倒し、自分たちの周囲から徹底的に排除する。

目の前の敵に怒りの刃を向ける限り、貴様らは魔族となんら変わりない。

正義ではない。憎しみの心を持つ限り、貴様らも悪だ。ただの血に飢えた悪鬼だ!」

緑色の目をした少年の瞳がこわばり、激しい動揺が走った。

「勇者様!止まってはいけません!」

後方から萌黄色の長衣を着た青年が飛び出し、手にした聖杖を振りかざして致死魔法ザキの文言を唱えた。

「神の救い届かぬさ迷える暗き魂に、闇からの真の消滅をここに……!」

「愚かな。呪文は利かぬ!」

緑金色の甲冑の騎士は、ピサロに授かった静寂の玉を取り出してかざした。

召喚された魔力が霧のように拡散し、効力を失って宝玉に吸い込まれる。宝玉を握ったまま片手で剣を払い、騎士は長衣を着た青年の背中を激しく打ちすえた。

緑色の法衣の背が、たちまち朱に染まる。蒼い目をした青年は苦痛に顔を歪め、歯を食いしばって後方へ飛びすさった。

「……勇者、だと」

緑金色の甲冑の騎士は、息を荒げながら呟いた。

「貴様は、まさか天空の勇者……?」

「だったらどうした」

緑色の瞳の少年は、うつくしいおもてを蒼白にして嘲笑った。

「残念だが、俺は死んでないぜ。お前らの思惑は外れた。無駄足だったんだ」

「ならば貴様を庇った人間どもは、ただの犬死にというわけだな」

少年の瞳に、我れを失った光がかっとくるめいた。

「黙れ!」

勇者の少年が振り下ろした剣を受け止めると、緑金色の騎士は「無様な死にぞこないめ」と叫んだ。

勝てない。

このまま真っ向から打ち合っては、どうあっても勝てない。

罵詈雑言を吐いて相手を怒りで興奮させれば、隙が生じるかもしれぬ。そこを狙えば。そこを狙えば……。

だが、緑金色の甲冑の剣士の思惑通りになることはなかった。

勇者は仲間を連れていた。

よほど数多くの戦闘を共にこなして来たのか、仲間たちの呼吸の合い方は見事で、ある者が前線に飛び出すと、ある者が後方に引く。

前衛が不利とみなせば、すかさず後衛が攻守を代わる。激情に駆られている者がいると気づけば、ことさら冷静に立ち帰る者がいる。回復役を担う者がいる。叱咤鼓舞する者がいる。

(ひとりではないということは、これほど無尽蔵の強さを生むのか)

(もしも、ピサロ様にもこのようなお仲間がいれば、あるいは……)

思った瞬間、緑金色の甲冑の継ぎ目に深々と剣が食い込んだ。

「ぐ……っ!」

剣は腹と背中を貫き、血潮を吹き上げて向こう側に突き抜ける。緑金色の甲冑の騎士の瞳がこぼれ落ちそうに見開かれた。

誰かがまた、叫んだ。

「失せろ、忌まわしい魔物!」

「こ こ は 通 さ ぬ!!」

緑金色の甲冑の騎士は渾身の力を足に込めて倒れるのを踏みとどまると、剣を体に突き刺したまま、むせぶように絶叫した。

「何者も、ここを通ることはまかりならぬ!

わたしはこの塔の守護者。

我が偉大なるあるじの、唯一無二の影の騎士!」

魔族の騎士の体から、波動が閃光となってほとばしる。

人間たちの何人かは、叫び声をあげてその場に崩れ落ちた。


「何者も……、ここを、通すことは……!!」



だが瞬間、別の剣が後ろから突き立てられた。



すさまじい激痛が体内で弾けた。



騎士の視界から、光がふっと消えた。





「死ね、魔物!!」









……魔物、か


違いない


でも


それでもわたしは


愛するということを知った


憎むことではない


誰かを、心から愛するということ


ピサロ様


わたしを友と呼んで下さった


あなたにも 教えて差し上げたかった


まだ きっと遅くはないはず


ロザリー様のお望みになる 誰もが手を取り合って生きる世界


そうすれば きっと 


きっと 


ああ 死にたくない


死にたくない


わたしがいなくなれば 誰がロザリー様を お守りするのだ



ロザリー様



ロザリー サマ



ロザリー サマ





ロ ザ リ ー サ マ………
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