Love guarantee
「ねえ、いっしょにお風呂に入ろうよ」
言われた途端、勇者の少年が木彫りの椅子にあてたククリナイフがずるっと滑った。
「痛てえっ!」
「だっ、大丈夫?」
指先からつう、と滴る血。
口にくわえると鉄錆みたいな苦い味が広がって、それが突然の爆弾発言に動揺した心に冷静さを取り戻させてくれる。
「お……お前、今なんて」
「一緒にお風呂に入ろうって言ったの」
恋人のエルフの少女はにっこりと無邪気に笑った。
「お風呂場が狭いから毎日だと窮屈だけど、たまにならいいでしょ。子供の時みたいにあなたのおへそ、洗ってあげる」
「洗わなくていい!」
少年は赤くなって叫ぶと、再び椅子の足を掴んだが、これ以上木彫りを続けるのはもう無理だと悟って不承不承ナイフを鞘に収めた。
「……大体、なんで突然風呂なんだ」
「大きくなってから、あなたと全然一緒にお風呂に入ってないなあと思って。
最近暑くなって来て、すぐ汗をかくでしょ。一日に何回も身体を洗わなきゃ汚れちゃう。
ふたりで魚みたいに水浴び、きっとすごく気持ちいいよ」
少女は小首を傾げて少年を見上げた。
「駄目かな?」
(駄目じゃないけど、何があっても知らねえぞ。
お前が魚なら、俺は鮫だ。飢えた鮫)
……なんて、言えるわけもなし。
勇者の少年は無言で聞こえなかった振りをし、少女をその場に残してさっさと歩き出した。
「あっ、待ってよ。急に置いて行かないでったら!」
「シンシア」
少年は振り向かずに言った。
「風呂は、一緒に入らない」
「え……、どうして?」
「どうしてもだ。それに……」
少女の前を歩く少年の足が止まる。
「お前は、俺のだ。だからお前がかく汗も、俺のだ。
そんなに無理して綺麗にしなくてもいい」
「でもわたし、汗をかくとべたべたになっちゃうんだもの」
「巣から採りたての蜂蜜とか、陽の光で溶けた砂糖菓子みたいで、それも意外と悪くない」
「そんなこと言ったってあなた、甘いものを食べるのは嫌いでしょ」
「べつに嫌いなわけじゃない。その……」
少年は口ごもった。
「お、男が甘い物が好きだなんてかっこ悪いから、普段は出来るだけ食べないようにしてるだけだ」
少女は目を丸くした。
「そうなの?じゃあ、本当は甘いケーキもパイも、卵たっぷりのクリームも」
「好きだ」
少年の耳朶が赤くなる。
「ケーキもパイも、アントルメは全部好きだ。
本当は、大きくなっても飲みたかった。母さんの作った砂糖カエデの薬」
「なーんだ、そうだったのかあ」
エルフの少女はため息をついた。
「どうしてみんなの前でも、素直にそう言わなかったの。母さんに聞かせてあげたかったよ、今の言葉」
「今更、遅いさ。でもきっと、母さんには聞こえてる」
少年は空を見上げた。
抜けるような群青。
すべてのたましいが行きつく天空に広がる、無限のサファイアの光。
「いつだって食べられなくなってから、ああ、あれ好きだったなって気付くんだ。
馬鹿だよな。……ごめんな」
呟きが白い光の尾を引いて、大気に舞う。
勇者の少年は眩しげに目を細めて瞬きすると、少女を振り返った。
「なあ、やっぱり今から一緒に入るか。風呂」
「どうしたの?急に」
「そうしたいと思った時に、そうするのがいいんだ。あの時入っときゃよかったって、あとになって後悔したくないからな。
ただ、先に言っとくぞ。俺はお前と………」
さっき言おうとして言えなかった言葉を、少年がぷいと横を向いて口をへの字にして言うと、
少女の可憐なほほが、アネモネのようにみるみる真っ赤に染まった。
―FIN―