あなたがくれたプレゼント


突然のプレゼントを贈って恋人を喜ばせるには、山奥の村でのふたり暮らしは決して向いているシチュエーションだとは言えなかった。

なにしろ、狭い。勇者の少年の現在の生業である木工製品作りの時間以外はほぼ一緒にいるので、おちおちプレゼントを考える時間もない。

だからといって、こっそり村を出て買い物に行くわけにもいかない。いつも二人一組で行動しているがゆえ、いっときでも理由なく離れ離れになろうとすれば、すぐにどうしたの、どこへ行くのと疑問を抱かれてしまう。

もしも木彫り製品でいいのなら、笛でも指輪でも首飾りでも、なんなら巨大な城でもどんと来いだった。勇者の少年の手先の器用さは天才的だ。だが、それじゃあんまりにも芸がない。第一新鮮味がなさすぎる。

オンナってのは、なにをプレゼントすれば喜ぶんだ。わからない。わかんねーぞ!

この際、計画からプレゼントの内容まで全て、あの悪魔神官の発案をパクっちまうか……と、勇者の少年はシンシアが風呂に入っている隙に戸棚から羊皮紙と画筆を取り出し、ためしに思いつくままさらさらと絵を書いてみた。

怒った熊と、カブトムシ、リンゴ

(……これ、貰って嬉しいか?それにあんまりひどい出来だ。

どうして剣と魔法のほかに、俺には絵の師範がつかなかったんだ?)

「わあ、珍しいね。あなたが絵を描くなんて」

その時、湯に浸かって上気した頬をほてらせたシンシアが戻って来て、興味深げに勇者の少年の手の中の羊皮紙を覗き込んだ。

「すごく可愛い。泣いてる犬とカナブン、洋ナシかあ」

「……全部違う」

絵を贈るのは今すぐ諦めよう。勇者の少年は羊皮紙をばりばりと破り捨てると、驚くシンシアを尻目に、部屋をうろうろと落ち着かなげに歩きまわった。

「ど、どうしたの?なんだか苛々してるみたい」

シンシアは勇者の少年に駆け寄り、不安そうに顔を見上げた。

「なにかあったの?このところ、ずっと変だよ。なにが、そんなにあなたを困らせているの?

わたしに、あなたのために出来ることはある?」

「違うんだ」

勇者の少年はいたたまれない気持ちになり、目の前のシンシアを胸に押し込めるようにぎゅっと抱きしめた。

「そうじゃない」

「どうしたの?」

「なにも浮かばない。俺、お前を喜ばせるためのプレゼントひとつ考えつくことが出来ない。

お前の笑顔が見たいだけなのに。お前が好きだって気持ちは、世界中の誰にも負けやしねえのに」

「プレゼント……?」

心が追いつめられると、見失っているものと知りたいこととのバランスを取ろうとするかのように、秘めていた本音がぽろぽろあふれ落ちる。

内緒の計画がうまく行かない最大の原因は、ここにあった。善きにしろ悪しきにしろ、自分は彼女に隠しごとをするのが大の苦手なのだ。

「お前を驚かせたくて、クリフトみたいに内緒でプレゼントを贈りたかった。

でも、うまくいかない。俺にはそういう、人を喜ばせてあげられる才能がない。これからもきっと、お前をがっかりさせることばかりだ」

「……」

シンシアはルビー色の真摯な瞳で、悄然とする勇者の少年をじいっと見つめた。

「あなた、わたしにプレゼントをしたかったの?」

「ああ」

「それなら、もう贈っているわ。世界でいちばん素敵なプレゼントを」

勇者の少年は顔を上げた。シンシアが嬉しそうに、ほんの少し恥ずかしそうに頬を染めて少年を見つめ返している。

「本当はもっと、はっきりしてから言おうと思っていたんだよ」

「……何を」

「こないだ、クリフトさんが遊びに来てくれたでしょう。人間のお医者様にかかれないわたしとあなたのことを、簡単にだけど診てくれたのを覚えている?」

「ああ」

「あなたにはまだ言ってなかったんだけど、その……どんな風に伝えたらいいのか、なかなかタイミングがつかめなかったんだけど、じつはその時にね、クリフトさんが教えてくれたの」

「だから、何をだよ」

勇者の少年はシンシアがおずおずと続けた言葉に、切れ長の美しい瞳をまんまるに見開いた。


「あのね、赤ちゃんがいるんだって。わたしに」


「あ」





ちゃん?


動く石像という魔物がいるが、その瞬間、自分は驚きのあまりたしかに勇者という名の石像になった。

時が動きを忘れて硬直し、空気の流れさえ完全に静止する。長い長い一瞬の後、勇者の少年はかすれた声をようやく絞り出した。

「あか、ちゃん」

「うん」

「お前に……?俺……、赤……」

唇を開いたまま、それ以上なにも言うことが出来なくなってしまった勇者の少年に、シンシアは瞳を潤ませてにっこりと笑いかけた。

「そうだよ。あなたとわたしの赤ちゃん。わたし、お母さんになるの。あなたも、お父さんになるの。

わたしたち、本当の家族になるの。あなたがプレゼントしてくれたんだよ。ふたりの大切な宝物」

プレゼント?

宝物が?

宝物って、こんなふうに不意打ちでやって来るものだったのか。

ああ、だからこう呼ぶんだ。サプライズプレゼント。でも、ひとつだけ違う。それは自分が贈ったんじゃない。彼女からでもない。愛し合うふたりに神が授けてくれた貴い奇跡。

たったいま突然手に入れた希望は夢じゃない、下手くそな絵じゃ描ききれない現実の一頁。驚きと喜びと苦しいくらいの感動で、こみ上げる気持ちを言葉に変えられないほどの。

「……あ」

唐突に瞳の端からつうとつたったものに気づいて、勇者の少年は自分の頬を指先で拭った。びっくりして瞬きすると、もう片方の瞳からもひと粒、すべり落ちた。

唇に入り込むと、しょっぱかった。みっともないと思うことさえ忘れていた。シンシアを抱きしめている腕に力がこもり過ぎていることに気がついて、あわてて離した。

幼なじみの恋人はこの瞬間から、同じ未来を共に育んでゆくかけがえのない妻になった。

「ありがとう」

自然と呟いていた。

「ありがとう、シンシア。俺、死ぬほど大事にする。お前のことも、赤ん坊のことも。

物や金じゃない。宝物は、命だ。生きてることだ。

俺とお前が生きて今ここにいることが、俺たちが貰った一番のプレゼントだったんだ」

シンシアがうさぎのように跳びはねて勇者の少年の首に両手を回したので、少年は仰天して「そんなに乱暴に動くな」と叫んだ。

華奢なシンシアをひょいと横抱きに抱え、壊れ物のように大切そうに椅子に座らせる。「いいか、お前は今日から絶対になにもしちゃ駄目だ。

料理も掃除も洗濯も、ぜんぶ俺がする。お前の仕事は体を大事にすることだけだ。わかったな」と至極真剣な顔で言った。

シンシアがぷっと吹き出し、幸福そうに身をすくめてくすくすと笑った。勇者の少年は「なんだよ、笑うなよ。真面目に言ってんだぞ、俺は!」とむっつりと顔を赤くした。




-FIN-
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