あなたがくれたプレゼント
最初に聞いたのは、愛するおてんば姫アリーナと結婚して一年が経過し、サントハイムの新国王としてお忍びで山奥の村へ遊びに来たクリフトからだった。
「不肖わたしと姫様が恐れ多くも婚姻を交わして、無事に一年が経過致しました。
その記念に、姫様にプレゼントを差し上げたいのです。内緒で。喜んで頂けるといいのですけれど」
新妻のことをいつまでたっても「姫様」と呼ぶ彼をこいつらしいな、と思ったが、記念日にプレゼントをあげたいという計画には、内心目からウロコが落ちる思いだった。
「ふーん」
特製の温かいハーブティーを淹れてやりながら、かつて天空の勇者と呼ばれた緑の瞳の少年は興味なさそうに返事したが、実際のところかなり気になっている。
不器用で演出力のない自分には、恋人にサプライズプレゼントを贈ってやろうなどという思いつきは夢にも浮かばない。自分には決して出来ないことを、嫌味なくさらりとやってのけるクリフトを、いつも密かに尊敬する。勿論、そんなことを口にするつもりはないけれど。
「で、なにをやるつもりだ」
「姫様は高貴なお育ちで、豪華な宝飾品やドレスなどには慣れていますから、返って手造りの、素朴で温かみのあるものが喜んで頂けるのではないかと考えています。
貴方にだけ打ち明けますが、じつは、絵を差し上げようかと思っていて」
「絵」
勇者の少年は呆気にとられたように繰り返した。
「お前が描くのか、それ」
「はい」
クリフトはにこやかに頷いた。
「教会のフレスコ画を日がな眺めて育ちましたから、これでも少々絵心はあると自負しています。
あのお方のお好きな太陽と青空の絵を描いて、お出かけのあいだにこっそり部屋の壁に飾っておこうと」
「喜ぶだろうな、あいつ」
太陽が照らす自由の光と、どこまでも広がる無限の青空をなによりも愛するアリーナだ。それが夫であるクリフトの手によって自分のもとへ届けられたら、どれほど感激することだろう。
「……なあ、お前さ」
勇者の少年は椅子にどっかと座ると行儀悪く足を組み、まるでそこに欲しい答えが書いてあるかのように、じろじろとクリフトの顔を見た。
「どうしてお前はいつも、そういう歯の浮くようなことを、恥ずかしげもなくすらすらと思いつくんだ」
「恥ずかしいことでしょうか?」
クリフトは不思議そうに首を傾げた。
「愛するお方のお喜びになる姿を見たいと思うのは、ごく当たり前のことではありませんか。わたしはあの方のほほえみを目にするためならば、たとえ全世界を敵に回してもかまいません。
いとしい伴侶を笑顔にしたいという気持ちを持たないのなら、この世でただひと組の夫婦となった意味などないでしょう」
駄目だこりゃ、色惚けにつける薬はねえ、と勇者の少年はため息をついた。
この朴念仁でひたむきな元神官と自分は、脳内回路が全く違うように出来ているらしい。
彼が口にする言葉のひとことひとことにはたしかに共感するのだが、それを実行に移すのを阻む羞恥心の壁はいや高く、「愛する彼女のためならなんだって出来ます」と公言してはばからないクリフトは、やはり自分にとっては手本にもならない向こう側の世界の人間だ。
「どうしたんですか、急に白けた顔をなさって」
「もういい。お前、それを飲んだらさっさと帰れ」
銀のティーポットからおかわりを注ごうとしていたクリフトは、ええっと目を白黒させた。