洗濯をやってみよう



(ごめん、シンシア。

大事な服を駄目にして、俺のせいだ)


「違うよ」

勇者の少年の言葉を朗らかに否定すると、シンシアはにっこり笑った。

「わたしも、あの服はもう駄目かなってちょうど思っていたところだったの。

何度も洗ったせいで布地が薄くなって、服として着るにはもう無理かもしれないって思ってた。

だから、こうしてクロスにして新しく使うなんて、すごく素敵な考えだと思うわ」

「俺、また高く売れる木彫りを作る。

そしたらその金で、駄目にしちまった分の服と、お前の新しい服も買う」

「いいよ、そんなの」

「だからさ、シンシア」

「なあに」

「こんな失敗をしたからって、もう俺に洗濯するな、なんて言わないでくれ。

俺、ちゃんとやり方を覚えて、お前を手伝いたいんだ」

「わたしを?」

勇者の少年は頷いた。

「俺はクリフトみたいに器用じゃないから、たぶん、出来ることと出来ないことがある。

縫い物は無理だったけど……でも、洗濯なら大丈夫だ。お前がしんどい時や大変な時は、俺が全部やる。

それに床磨きだって、料理だって、時間はかかっちまうけどちゃんと出来る。

俺にだって、お前を助けることが出来る」

「ありがとう」

シンシアはほほえみ、勇者の少年に向けてまぶしげに瞳を凝らした。

なぜだろう。

目に見えない言葉なのに、輝いているような気がしたのだ。

まるで、愛する人がたったいま手渡してくれた言葉が、この世にひとつしかない光あふれる宝石のような気がしたのだ。


「ありがとう」


(ありがとう、大好きな、大切なあなた。


ねえ、忘れないで。


あなたのその思いやりが、いつだってわたしを助けてくれているんだよ。


あなたがわたしに、何かしてあげたいと思ってくれること。


その優しさが、わたしを癒してくれる、この世で一番いとおしいお薬。


甘くて、嬉しくて、何度も飲み干したいくらいとてもきれいな色をしていて、





たったひとつぶでも、すごぉく、よく効くの)









そして、散々(彼なりの平身低頭さで)詫びた後、久しぶりのふたりの食事はようやく始まった。

三日ぶりに目を醒ました愛する少女と共にいられることは、どんなに強がろうとも結局、勇者の少年にとってなにより嬉しいことに違いないのだった。

白い湯気の立ち昇る、出来たてのミルク入りシチュー。

これなら俺でもなんとか作れると記憶を辿り辿り奮闘したのは、何の血のつながりもない自分を育ててくれた亡き母親が、いつも歌うように作り方を口にしていたからだ。


(小麦の粉が固まらぬように、手早くバターと炒め合わせる。

おいしくなあれ、魔法の料理。呪文を唱えて、かきまぜて。

お肉を入れるなら、塩胡椒は涙ほども少々。

煮込めば煮込むほど、お腹をすかせた森のゴブリンが匂いに誘われて、ふらふらふら……、

ほら!背中に気をつけて。



栄養たっぷりなこの料理、最初のひとくちは、どうか愛するあなたに)



「やっぱりごはんは、いっしょに食べるのがいちばんおいしいね。

体も、きつくないのがいちばんいい。ずっと元気でいたいな」

シンシアが嬉しそうにシチューをほおばるのを、勇者の少年は緊張した目で見つめた。

「まずく、ないか」

「ううん、すごくおいしいよ」

「そうか。ならよかっ……」

勇者の少年は不意に嗚咽すると、喉をひゅっと鳴らして、盛大にくしゃみをした。

「大丈夫?」

「ああ。たいしたことない」

「どうしてかな。わたしの風邪、移っちゃったのかな」

「そんなことないだろ」

「あー!わかったわ」

シンシアは大きな瞳をくるくるさせて、いたずらそうに勇者の少年の顔を覗き込み、なめらかな唇をそっと指で押さえた。



「もしかしてあなた、風邪が移っちゃうようなことを、

眠ってるわたしに………、したの?」



呪いに掛けられた眠り姫を一刻も早く目覚めさせたくて、我慢出来ずにそっとキスをしたせっかちな王子様みたいに。





真っ赤になった少年のしどろもどろな言葉からは、その答えははっきりとは聞けなかったが、愛する少女の幸福そうな笑顔を見ると、おとぎ話の眠り姫にもたらされた以上の効果はちゃんとあったようだった。

「ん、ん、んなことは、どうでもいいからさ」

勇者の少年は大急ぎで話題を変えようと、窓の外に瞳をやった。

太陽の光の下、洗いたての衣がいくつもはためいている。

世界は今や、夏真っ盛り。

ふたりっきりの山奥の村は黄金の陽射しに照らされて、今日も明日も、こんなにいい天気。



「お前がせっかく元気になったんだ。


明日は、ふたりでいっしょに」







洗濯をやってみよう。




-FIN-

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