洗濯をやってみよう
病気をして、横になって眠っていると、じつは動いている時よりもはっきりと、自分が生きているということがわかる。
意のままにならない身体は、細菌と戦うことで驚くほど無言の自己主張をする。
痛い。
熱い。
苦しい。
ほんのすこし風邪を引いただけで、声さえ普段と変わり、関節がずきずき痛む体は重くだるく、別人のようにちっとも言うことを聞いてくれない。
でも、それが生きているあかし。
だから、早く元気になりたい。
しいんと静かに凪いだ時は、呼吸ひとつひとつが手放すことの出来ない命そのもののように、吸い込む酸素のひとしずくも逃さず、血液の潮流へとそのぬくもりを刻み込んでいく。
眠り、眠り続ければ、命はいつしか目覚めたくなる。
眠れば重苦しい昏睡の糸の絡まりがほどけ、安らかな熟睡のさざ波へと変化を遂げていく。
次、目覚めた時わたしはすこしよくなって、またその次に目覚めた時はもっとよくなって、そうやって元気はちゃんと戻って来る。
わたしは、治る。
シンシアは目を醒ました。
目を醒ますと、縦横に木材が組まれ、簡単に崩れることのないようにと勇者の少年が補強して作りなおした、家の天井がまず視界に映った。
(体が、熱くないわ)
手足の節々を金具で締め付けるようだった痛みも消え、だるさもほとんどない。
起き上がってみても、眩暈もなにひとつ感じなかった。熱はどうやら引いたのだ。
窓の外を見ると、太陽はまだ南の空へ陣取り、相変わらず日差しは強い。
たった数時間眠っただけでこれほど劇的に回復するとは、サントハイムきっての薬学者でもあるクリフトが煎じた薬の効果は、やはり絶大だ。
(あの子は、どこへ行ったのかしら)
透き通るような緑色の目をした、美しくて寂しがりやで、でも絶対にそれを認めようとしないひねくれ者の勇者の少年。
いつも自分が体調を崩すと、これ以上恐ろしいことが世の中にあるのかというくらい動揺し、それを必死で隠そうとするあまり、おかしいほど挙動不審になる。
(わたし、あの子にお洗濯を頼んだんだっけ)
(大丈夫かな。
ちゃんと、出来てるかなぁ)
生活の糧を得るため、毎日多くの木工製品を作るのは勿論のこと、水くみや家の修繕、畑の土石運びなど、力仕事や女の手では行き届かない作業を、勇者の少年は文句ひとつ言わずてきぱきと行ってくれる。
だから炊事や洗濯、掃除など、俗に女の仕事だと言われる部類の家事は、すべて自分がきちんとこなすつもりでいた。
これまで勇者の少年に皿を洗ってくれと頼んだことはないし、洗濯を代わってくれと頼んだこともない。
優しい彼に無用な気を遣わせないよう、少年が木工作りに乾燥小屋へこもっている間に、どちらも急いで片づけるようにしている。
まだまだ修行の足らない自分は、掃除も料理も失敗ばかり。
皿はこれまで何枚割ったか数え切れないほどだし、料理だって、生前の母親の味付けを再現するとは到底いかず、愛する人に美味い物を食べさせている、と胸を張って言いきれる自信もない。
それでも、あの子はいつもわたしに「ありがとな」とほほえみかけて、食事を必ず残さず食べてくれる。
旅の間、食べ物を上手く口にすることが出来ずに散々苦しんだというあの子が、わたしの作ったものは必ず、「おいしい」といって全部食べてくれる。
テーブルに並んだ下手糞な料理を見て、「お、飯だ」と嬉しそうに笑ってくれる。
(わたし……、どうしてあの子にお洗濯をしておいて、なんて言っちゃったんだろう。
あれはわたしの仕事で、絶対に今すぐやらなくちゃいけないってことでもないのに)
唐突に罪悪感がこみ上げて、シンシアは急いでベッドからすべり降りた。
扉を開け、部屋を出る。
瞬間、駆けだそうとしてぎょっとして立ち止まった。
部屋の様子は、シンシアが眠りに着く前と全く違っていた。