洗濯をやってみよう
(や、破っちまった……!)
どうしよう。
どうしよう。
こすりにこすったせいで染み部分の繊維の結合が弱まり、最終的に破れてしまった服を握りしめ、勇者の少年はさーっと青ざめた。
無感動な冷徹さが性分で、たとえ凶悪な魔物に何十回卑劣な攻撃を食らわされようとも眉ひとすじ動かさなかった氷の勇者は、まるで別人かと思うほど色を失い、おろおろと辺りを見回した。
(ど、どうすればいいんだ。なんとかして、元通りにしないと……!!
そうだ。ホイミとか、意外と効くかもしれない)
生命体ではないものに回復魔法をかけようとする、その発想が既に常軌を逸していることにも気づかず、少年はすぐさま癒しの魔法の文言を短く唱えた。
両手で握った泡だらけの服を、じっと睨み据える。
だが、輝く光を発して湧きおこった回復魔法の円は、破れた衣服になど当然なんの働きかけもせず、代わりに勇者の少年の濡れた手にきらきらと光を放って舞い落ち、溶けるようにして消えた。
(お……、こないだ木彫りを作ってる時に出来た、人差し指の切り傷が治った。
ちょうどよかったー)
じゃ、ないだろうが!!
「そ、そうだ。こういう時は魔法なんかじゃない。
縫えばいいんだ。シンシアがよくやってる、パッチワークみたいに」
勇者の少年は破れた服をひっつかんだまま急いで家の中に駆け戻り、もう片方の空いた手で、テーブル横のオークの戸棚の引き出しを片っ端から開けまくった。
乱暴に引き出しを開けるたび、整頓されていた中身がぐしゃぐしゃに荒らされ、無造作に掴んだ洗濯物から、泡混じりのしずくが床にぼたぼた垂れていることなど気付きもしない。
全部の引き出しをひっかきまわせるだけひっかきまわして、なお目的の品にたどり着くことが出来ず、勇者の少年はついにがっくりと肩を落とした。
「……針と糸がどこにあるのか、わかんねえ……」
どうして俺は、自分の家なのに何がどこにあるのかすら、少しも解らないんだ!
(仕方ない。シンシアを起こして、聞くか)
しんと静まり返る寝室へのろのろと足を向けかけ、はっと動きを止めて、慌てて首を振る。
(駄目だ。
だから、こういうのが俺の駄目な所なんだ)
(たかがこのくらい、自分ひとりでなんとかするんだ)
自分の力で全部、ちゃんと片をつけて、目を醒ましたシンシアを安心させてやるんだ。
勇者の少年はとりあえず、元いた井戸のところへ戻ろうと踵を返し、げっと仰天した。
自分の歩いた道筋に沿って、見事に床はびしょびしょのどろどろ。
腹をすかせた巨大ナメクジが沼地から上がって、地面を目茶苦茶にのたくったみたいだ。
初めての洗濯、裁縫にくわえ、床磨きが義務として加算されたことに、そしてそれがすべて自分の引き起こした事態だということに、少年はその時、ようやく気付いたのだった。