洗濯をやってみよう



ざあっと派手に水しぶきを立てて、つるべの桶から盥へと汲み上げた水を移す。

水面が見えないほど深い井戸から汲んだばかりの水は、清澄でとても冷えていた。

夏でも、これほどつめたいのだ。

寒さの厳しいこの山奥の村で、たとえば真冬に外で洗濯をするのは、どれほどしんどいことだろう。

地面に座り込んで布地に石鹸をこすりつけ、汚れた服をごしごしと洗いながら、勇者の少年はぼんやりと考えた。

今頃シンシアは、ちゃんと眠れているだろうか。

薬を飲んでぐっすり眠れば、症状も少しは快方に向かうだろうか。

普段は明るく輝いている彼女のルビー色の瞳が、熱のせいで重たげに伏せられていたことを思い出したとたん、少年の胸は暗く翳った。

いつも自分は、シンシアが病気をするたびに、過剰なほどの不安に襲われる。

それがただの風邪であっても、このまま死んでしまうのではないかと恐ろしくてたまらなくなるのは、愛する人を突然失うつらさを、ひとたび経験してしまっているからだ。

この不安感や例えようもない恐ろしさを完全にぬぐい去ることは、恐らくもう、自分には生涯出来ないだろう。

でも、こうして見事に汚れた洗濯物の山や、肌を切るような水のつめたさを実感すると、果たして本当にそれでいいのか、という疑問が湧いてくる。

病に苦しむ人の横で、我れを忘れて取り乱し、大丈夫か、大丈夫か、と寄り添って問いかけることだけが、本当に相手を思うということなのか。

かつて世界を巡る旅のさなか出会った、サントハイムの王女アリーナは、従者のクリフトが重い病に冒された時、真っ先になにをしようとしたのだったか。

心配することと、思いやることは、似ているようでいて多分違う。

もしかしたら、俺はもっと違うやり方で、シンシアのことを大切に思わなければいけないのかもしれない。



俺は大丈夫かって懸命に心配するふりをして、本当は、不安でたまらない自分を安心させて欲しかっただけなのかもしれない。







「ちくしょ……、なんで、こんなにこすってるのに落ちないんだ?」

指先に力を込めて、汚れた部分をごしごしとすり合わせても、頑固にへばりついた染みは一向にその色を薄くしようとしてはくれない。

勇者の少年の整った柳眉が、苛立ちにつり上がった。

この野郎、ただの染みのくせして、なんて生意気なんだ!

腕つきは鞭のように流麗で、決してバドランドの王宮戦士ライアンのように筋骨隆々とはいかないが、それでも力にはかなり自信があるというのに。

「くそ……」

腹立ちまぎれに唇を噛み、さらに指に力を入れた瞬間、勇者の少年は喉の奥で小さく「あっ」と叫んだ。

びりっと弾けるような音が耳を突く。

無理にこすり過ぎたせいで、両手で握っていた服の胸部分の布地が、縦に大きく裂けてしまった。
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