少年は、酔いのことのはを追い
失くした場所を埋めたくて、無我夢中で求めたら、いつしかどのくらいで完全に満たされるのか自分でも解らなくなってしまった。
「……あ……!」
湿気を帯びた台所の空気、そっけなく堅い四角い樫の木のテーブルの上。
折れそうなほど細い身体が風に吹かれた葦のようにしなり、白い喉がぐんと反る。
こんなところで彼女を腕に敷いてしまったのは、ベッドまでたどり着く間も待てなかったからだ。
走りを止めない山野の獣のように、我を忘れて衝動に駆り立てられた自分を恥じるのは、必ず、すべてが終わってからのこと。
ようやく訪れた抱擁からの解放に、エルフの少女は半ば失神したように、テーブルに力なく横たわった。
緑の目をした少年は息を切らしながら起き上がり、掌で乱暴に額の汗を拭うと、困ったように視線を床に落とした。
いつもそうだ。
こういう時、どうしていいのかわからない。
全身を覆う強烈な疲労感と、冷静さを失ったひとときの後の気まずさと、なによりまだ焔となって逆巻く激しい高ぶりの名残とで、ついさっきまでそれを共有した少女に一体どういう態度を取ればいいのかさっぱりわからなくて、
だから少年はいつも黙り込んで ふてくされたようにその美貌を歪め、ただ黙って少女を抱きしめる。
大丈夫か、なんて言葉はわざとらしい。
彼女をこうしたのは紛れもなく自分なのだから。
恋人の少女のふっくらした唇の周辺が、顎の辺りまで珊瑚色に染まっているのを見て、少年はなぜかひどく動揺し、とにかくなにか言わなければと視線を右往左往させて、焦った挙げく口にした言葉がこれだった。
「俺、お前とこうするの、
……好きだ」
(何だ、それは!!)
心の中で自分自身に、思い切り裏拳の一撃。
どうしてもっと優しく男らしくそれでいて魅惑的な、恋人だけが授けられる甘い愛の囁きを自分は口にすることが出来ないのだろう?
「うん」
だが少女は瞼を開いて真摯な瞳で少年を見つめると、遊びに夢中になり過ぎた子供のように、汗でおくれ毛が張りついた頬を紅潮させて笑った。
「わたしも大好き。でも、ちょっと怖いよ。
いつもこうしたあとは、まるで蜂蜜を溜めた小箱に落っこちた、動けない蟻になっちゃったみたいな気がするの。
うーんとね、だから……つまり」
少女は言葉を探すようにしばらく黙ったが、やがて少年の首に腕を回し、とっておきの秘密を伝えるように掠れたひそひそ声を恋人の耳に吹き込んだ。
「あなたがあんなに………するから、
わたしの………が、いつもとけちゃいそうになるの」
それがとどめ、懸命に探そうとした言葉もぱりんと割れて散り散りに消える。
緑の目の少年はくらっと眩暈を感じて、思わず少女の上にばたりと体を倒した。
「どうしたの?疲れちゃったの?
まるで強いお酒に酔っ払ったみたいな顔をしてるよ、あなた」
「……ああ」
そう、それはまるで天の神々さえも虜にした、舌もとろかす誘惑のバッカスの酒。
吐息の温度が覚めないうちに、きっとまた自分は繰り返してしまうのだろう。
酔いと覚醒に追われて満足と後悔と切望とを繰り返す、決して終わらない恋の魔法の螺旋。
「醒めようったって、もう醒めない。めちゃくちゃ酔っ払っちまったんだ、俺。
……おまえに」
-FIN-