王女と妖精の女同士の内緒の話


馥郁たる花々のかぐわしさも、春の香り纏う金色の陽光すらも、恋に悩む王女の憂いを払う役目を果たせぬらしい。

芳紀まさに花盛りの少女ふたりの間で、薄紅色のガーデンデイジーが小首を傾げて風にそよいだ。

「とにかくわたし、まだクリフトと結婚するなんて、はっきり決めたわけじゃないの」

アリーナは力無く言った。

「そもそも、当人からしようってひとことも言われていないのに、はいそうですかなんて気になれるはずないわ」

「結婚って、そんなにしなくちゃいけないものなの?」

シンシアがひどく単純な口調で聞いた。

「大好きでたまらなくて、ずっと一緒にいて抱き合って眠って、もしも子供が生まれたらふたりでお父さんとお母さんになる。

それだけじゃだめなの?」

「本当に大事なことは、それだけなのかもしれないけれど、わたしはこんな厄介な身の上に生まれついちゃったから、そう簡単にもいかないのよ」

言った後にシンシアを見つめ、アリーナは力なく首を振った。

すべてをありのままに受け止める純真なこの少女に、いつまでも意地を張っても仕方がない。

「ううん、違う。そんなのはただの言い訳に過ぎないわ。

わたしはただ、聞きたいだけなの。クリフトの口から彼自身の言葉で、わたしと永遠に共にいたいんだって。

これからふたり、生涯同じ時間を過ごして行こうって、面と向かって言って欲しいだけな……」

「言った言わないとさっきから、お前らなにをでかい声で話してんだ?」

その時ふいに背後から声が飛んで来て、アリーナはぎょっとした。

「なによ、急に!びっくりさせないでよ!」

「どっちがだ。もう何回も呼んでるのに、話に夢中で全然聞いてねえのはお前たちの方だ」

「わあ、わたしたちを迎えに来てくれたんだね」

シンシアの顔がぱっとほころんだ。

「嬉しいな、ありがとう!」

「来させられたんだ。クリフトに」

照れ隠しにむっつりとしかめられた顔、相変わらずのぶっきらぼうな物言い、冷たく斜めに射掛ける視線。

花畑に座った少女達の上から、腕を組んでこちらを睥睨する翡翠色のまなざし。

絵画のような物憂げな美貌は、かつてアリーナが共に戦った天空の血を引く勇者と呼ばれる少年のものだった。

「盛り上がってる所に悪いが、もうすぐ日が暮れる」

勇者の少年は言った。

「そろそろ飯だ。今クリフトが窯に火を入れて、準備を始めてる。日がくれると冷えるからふたりとも家に戻れ。

クリフトもアリーナも、今日は泊まっていけるんだろ」

「ええ、ブライにちゃんと許可をもらって来たわ」

「ふん」

勇者の少年は肩をすくめた。

「うら若き姫御前の堂々たる婚前旅行を許すとは、ずいぶん寛大な国だな、サントハイムも」

「わたしにはクリフトがついているもの。彼はあんたと違って日頃の行いがいいから、国中の皆に信頼されてるのよ」

「あいつの間の抜けた顔を見る限りじゃ怪しいもんだ、その信頼も」

「なんですって!」

「ちょっと、ちょっと、喧嘩は止めて」

シンシアがあわてて割って入った。

「ごめんなさいね、アリーナさん。この子、あなた達が遊びに来てくれたのがすごく嬉しいものだから、ついこんなふうに突っ掛かるの。

大好きだから噛みついちゃう、しつけの出来てない子犬と同じなのよ」

「な……」

絶句した少年を見て、アリーナはくすくす笑った。

「なーんだ。無口で無表情で氷の鎧をまとった天空の勇者様も、シンシアさんにかかっては肩無しなのね」

「う、うるさい!」

「ねえ、それより見て。これ、出来栄えはどうかな?

ふたりの婚礼用に作ったタッジーマッジーなんだけど」

シンシアが差し出した花束を、勇者の少年はじっと見つめた。

「ピンクのバラ、ワスレナグサ、ライムにアイビー。

<清潔と美、真の愛、夫婦円満、貞節>だな。婚礼用の花束には悪くない組み合わせだ」

「……ち、ちょっと待って」

アリーナは耳を疑った。

「旅の間、仲間の名前すらろくに口にしなかったあなたがまさか花言葉?なにかの悪い冗談でしょ?」

「るせーよ」

少年はしまったというように、さっと顔を赤らめた。

「別に覚えようと思ったわけじゃない。シンシアがいつも繰り返すから、つい頭に入っただけだ」

「信じられないわ。あんたみたいな鉄面皮の人間も、好きな女の子に影響されたりするのね」

アリーナは深く感心して言った。

「ねえシンシアさん、ひょっとしてふたりで花を摘みながら顔を寄せ合って、仲良く花言葉を教えあったりしたの?」

「うん、それはね……」

「うるさい、うるさい!つまらないことを聞くな。シンシアも、いちいち答えるな!

どうだっていいだろ、花だろうがなんだろうが」

今や耳たぶまで赤くして、勇者の少年は叫んだ。

「やっぱり止めとけ、シンシア。こんな上等な花、こいつらにやるのはもったいない。

そうだな、お前にはこれがお似合いだ。アリーナ」

屈み込んで無造作にちぎった花をぽいと投げ渡され、アリーナは目を見開いた。

「ベルガモット?いい匂いのする、素敵な花じゃない。わたし大好きよ」

「じゃあ思う存分クリフトからもらうといいさ」

勇者の少年は意地悪そうに鼻で笑うと、くるりと背を向けて歩き出した。

「きっとあいつも、お前のことをそろそろこう思ってるはずだからな」

「なによ。どういう意味なの?シンシアさん、ベルガモットの花言葉は?」

「そ、それは、あの……」

シンシアは首をすくめて口ごもったが、やがておずおずと言った。

「<あなたのわがままには、もう我慢できない>」

アリーナが飛び上がって叫んだのと、勇者の少年がだっと走り出したのは、ほとんど同時だった。
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