王女と妖精の女同士の内緒の話
「……そもそも、わたしとクリフトが婚約することになったのはね、国王であるお父様の強い勧めがあったからなの」
告白の羞恥と快さが入り混じって、喉の奥がかすかに震える。
アリーナは視線を膝に落とすと、顔を真っ赤にして消え入りそうな声で語り始めた。
「旅を終えて世界に平和が戻り、お父様もサントハイムの民もみんな帰ってきて、わたしとブライ、それにクリフトは派手に救国の英雄扱いされたわ。
特に神官であるクリフトの人気ぶりと言ったら、ものすごかったの。ただでさえ彼はあんなふうに……えっと、その」
アリーナはかーっと耳まで赤くして言った。
「かっ、かっこいいでしょ。背も高いし、優しいし、頭もいいし、欠点なんて見つからないでしょ」
「そうだね」
「あ、もちろん天空の血を引く勇者のあいつみたいに、非の打ち所なく美しいってわけじゃないけど」
「クリフトさん、とっても素敵な人だと思うよ」
「やっぱりシンシアさんもそう思う?」
アリーナは打って変わって瞳を輝かせた。
「そうよね、そうよね!誰が見たってあんなにかっこいい人、他になかなかいないわよね!
でもね、今でこそあんなにすらっとしてスタイルがいいけど、クリフトって子供の頃はもっとひょろひょろした痩せっぽちだったのよ。
あまりに急速に背が伸びて、身長差がひらいて行くのを気にして、わたしといる時はいつもちょっと猫背になったわ。
昔、街を抜け出してふたりだけで真夜中のお化け鼠退治の冒険に行ったことがあるんだけど、その時も最初は女の子みたいにめそめそぐずぐずしててね。
でもいざとなるととても凛々しい行動力で、まるで勇敢な騎士のように、わたしを……」
いとおしい記憶をたぐりよせ、うっとりと泳いだ視線が、エルフの少女の瞳とぶつかる。
アリーナははっと我に返った。
「あ……だ、だからつまり、今や国中でクリフトは大人気だってことなの」
シンシアは笑って頷いた。
「すごく素敵ね」
「それで……お父様が、王家の者が民間人と婚姻するという異例をなんとかして通すためには、クリフトが英雄視されているこの機を逃すわけにはいかないって、
今ふたりの仲を世に浸透させておかないと、あとになればなるほど聖職者の王族入りなど言語道断なんて言う、頭の固い連中が必ずや現れるであろうって……」
いったん明るく張り上げた声が、みるみるか細くなる。
アリーナは両手の人差し指を突き合わせると、もじもじと呟いた。
「だから言ってみれば、ま、周りに勝手に婚約させられたっていうか、気がつけばこんなことになってたけど、わたし、まだクリフトにちゃんと言われてもないっていうか……」
「なにを?」
アリーナは困ったようにシンシアを見た。
「だから、プ、プロポーズの言葉みたいなものを」
「さっき、言ってたよ」
「え?」
ぽかんと口を開けたアリーナに、シンシアは無邪気に言った。
「聞こえたの。クリフトさんとあの子がふたりで話してる時に。
このクリフト、非力ながら命の全てを賭して、伴侶となる姫様を生涯お守りしていく所存です、って。それはプロポーズとは違うの?」
「そ、そんなこと言ってたの?」
瞬間、甘く強烈な面映ゆさが込み上げる。
だが頭がもう一度、言葉の意味を咀嚼したとたん、あっというまにそれは霞のように消え去った。
「違うわ。違うわ。そんなのプロポーズなんかじゃじゃないわよ!
ごく普通の恋人同士なら、奥さんのことを伴侶なんて堅苦しく呼ばないはずだし、それに……それに、今さら守るなんて言ったって、クリフトは小さな頃からずっと、わたしのことを守ってるじゃない!
第一、プロポーズってのは愛している女性本人にするものでしょ?わたし以外の人に宣言してどうするのよ!」
「そ、そっか」
(わたしたちはごく普通の恋人同士じゃないからって、さっき自分で言ってたのに……)
満たされても満たされても気付かない、第三者にはどうにもコントロール不能の恋のマリオネット。
この可愛いお姫様はまるで、両ポケットに山ほどお菓子を詰め込んでるのに、もっと、もっととねだる子供みたいだ。
だが憤慨する目の前の少女に、そんな言葉が口に出来るわけもなく、シンシアは困って花束に目をやり、花弁に佇む小さな妖精にそっと助けを求めた。
(なんだか難しいよ。好きなのに嫌だったり、言ったのに言ってなかったり、したいのにしたくなかったり。
人を好きになるって、甘くて苦いだけじゃなくて、とってもややこしくて面倒なものなんだね)