王女と妖精の女同士の内緒の話
「会話……?」
シンシアは意外なことを言われたように、戸惑った表情を浮かべた。
「うん。二年も旅を共にしたけれど、あの筋金入りの無愛想なあいつが饒舌になった所なんて、ただの一度も見たことなかったから」
「そっか。ごめんね。困った子だね」
シンシアは苦笑いした。
「でもわたしたちも、決してそんなにたくさんお喋りをしてるわけじゃないわ。
いつもわたしばかりがあれやこれやって話して、あの子は黙って聞いてることのほうが多いもの。
元々あの子は口下手であまり自分のことを話す方ではないし、昼間はずっと木彫りを作っているし、ここの暮らしは毎日変わり映えしないし。
……でも」
シンシアは嬉しそうに微笑んだ。
「言葉を使わないぶん、あの子は色んな方法でわたしに気持ちを伝えようとしてくれるのよ」
「どんなふうに?」
「きっと本人は、ぜんぜん気付いてないだろうけど」
おっとりと柔らかい声が、記憶の中の恋人の仕草を愛しげに反芻する。
「例えばお腹がすいた時、なぜだかあの子はいつもより少し喋り方が早口になるの。
木彫りの出来が上手く行かなかった日は、必ず右の眉尻が不機嫌そうに上がってる。
それから眠い時は、まばたきが増えるわ。寒い時だってそう。
うつむいて目をしばたたかせながら、わたしの名前を何回も呼ぶのよ」
「シンシア……って?どうして?」
「抱き合って一緒に眠って、体も心もひとつになって、安心したいからだよ」
シンシアがこともなげに言ったので、アリーナは真っ赤になった。
「そ……そうなんだ」
「でもそんなこと、口が裂けたってあの子は言わないけどね。
こうしたい、ああしたいって望みを言葉にしないし、感情を顔に出すこともあんまりない。
だからわたし、今でも時々あの子がわからなくなるのよ」
「そうなの?」
「うん、全然わかんない。ひねくれ者って困っちゃうよね」
目も綾な花束に頬に寄せると、シンシアは楽しそうに笑った。
アリーナは眩しいものを見るように、首を傾けて鳶色の瞳を凝らしてその様子を見つめた。
どうしてだろう。
「全然わかんない」が、「全部わかってる」に聞こえる。
不満も不安もすべてかけがえのない喜びに変えてしまう、強くて幸福な愛という名の極上の笑顔。
「シンシアさんは、あいつのことがすごく好きなのね」
「うん、大好き!あの子はわたしの全てだもの。わたしはあの子のために生きているのよ」
「うらやましいな」
アリーナは恥ずかしげに目を伏せた。
「わ、わたしは……なかなか、そんなふうに素直になれなくて。
だからシンシアさんみたいに好きな人を真っ直ぐに想えるのは、とても素敵だと思うわ」
「あら、アリーナさんだって、クリフトさんと結婚するんでしょう?
神様の前で永遠の誓いを交わすなんて、すごく幸せなことじゃない」
「……だって、そうすることが彼の本心なのかどうか、わたしにはよく解らないんだもの」
なにげなく唇からこぼれた言葉が、図らずも心にわだかまっていた本音だと気付き、アリーナはいたたまれずに顔を赤らめたが、目の前のシンシアの瞳は無心に透明なままだった。