王女と妖精の女同士の内緒の話
導かれし者たちの勇躍によって世界に平和がもたらされ、いつのまにかもう三月ほどの時が過ぎた。
邪悪の脅威から開放された山奥の村の大地を覆う、穏やかな春の息吹。
カナリヤの歌に重なるのは、人間には聞こえない虫たちのひそかなさんざめきと、幸福が雲と一緒に漂ってきそうな、ターコイズ色の空を舞い飛ぶ蝶の羽ばたき。
「こうして香りの強い花や、ハーブをたくさん詰めた花束のことを、タッジーマッジーっていうのよ」
エルフの少女が笑顔でさらさらと語りながら、色とりどりの花を手際良く円形にまとめて行く。
日頃おっとりした彼女にはそぐわない水が流れるようなその様子を、サントハイムの王女アリーナは、ぽかんと眺めていた。
「もともとは、病気払いや厄除けのお守りとして、いい匂いのする花束が持ち歩かれていたんだけど、いつからか花言葉に想いを託して誰かに届けるプレゼントとしての風習が強くなったの。
だから今ではタッジーマッジーは、<語るブーケ>とか、<言葉の花束>なんて呼ばれているんだよ」
「へえ……。お花が語るなんて、まるで魔法みたいね」
感心しすぎて、思わず間の抜けたいらえを返してしまい、アリーナは顔を赤らめた。
だがエルフの少女は「そうだね」とにっこり笑い、出来上がった花束をアリーナに差し出した。
「はい、どうぞ。アリーナさんへプレゼント。婚礼祝いの花束よ」
「婚礼?どうして?」
「あれ、違うの?
あの子から、今日ここにアリーナさんとクリフトさんが泊まりがけで遊びに来たのは、いよいよふたりの婚礼が決まった報告だって聞いてたから」
「こ、婚礼じゃないわ!」
アリーナはむきになって言った。
「婚約よ、婚約!まだ式をあげ、神様の前できちんと愛を誓ったってわけじゃないの。
それに形式上は婚約という形を交わしたけれど、だからってわたしたち、すぐに結婚出来るわけじゃないのよ。
クリフトにはまだ、教会でこなすべきたくさんの仕事が残っていて、それを全部片付けてしまわないうちは、どうしても神官職を退くわけにいかないんですって」
「ふうん」
だがアリーナの説明も、山奥の村以外の人里を知らぬ無垢なエルフの少女には、今ひとつぴんと来ないようだった。
「でも、いつかは必ず結婚するんでしょう」
「そ、そうね。それまでお互いの気持ちが変わらなければね」
「気持ちが変わる?」
少女はまた不思議そうに繰り返した。
「気持ちが変わるって、婚礼の日を待ってる間に好きじゃなくなって、結婚するのが嫌になっちゃうってことなの?」
「残念だけど、世の中にはそういう人たちもいるみたいね」
「ふたりの好き嫌いが違いすぎて、同じごはんが食べられないからとか、いびきがうるさすぎて一緒に眠れなかったからとか、そういうことかな」
「そ、そういうわけじゃ……。
でも、夫婦として暮らして行くうえで大事なことは、案外そういった所にこそあるのかもしれないわよね」
アリーナは考え込んだが、すぐにかぶりを振ってため息をついた。
「なーんて、わたしには関係のない悩みだわ。
どうせ結婚したって毎日一緒になんて眠れないし、ごはんだってそうそう一緒には食べられないだろうし、食べたとしたってテーブルの周りは給仕、侍従、太刀持ち、小姓、衛兵。
両手じゃ足りないほどの邪魔者たちで、外壕をがっちりと固められてるに決まっているのよ」
エルフの少女は目を丸くした。
「そんなにたくさんの人が、どうして?」
「……それはね、シンシアさん」
いつも明るいアリーナの声が、つとめったにないほどの悲哀に満ちた。
「クリフトが「偉大なるサントハイムの国王陛下」で、そしてこのわたしが、「慎ましき王妃殿下」なんてものにならなくちゃいけないからなの」