神官と勇者の男同士の内緒の話


東からやって来た澄んだ風が、緑のじゅうたんに覆われた大地を吹き渡る。

クリフトと勇者の少年、ふたりは並んでしばらく黙っていた。

思えば秋という季節がもたらすかぐわしさやや、綾なす紅葉の鮮やかさが嬉しくて笑っていただけなのに、なぜか若く健やかな男同士、いつのまにかこんな話題になってしまった。

「突然貴方がボヨンボヨンなんて言い出して、最初はとても驚きましたけれど」

クリフトは満足げに嘆息しながら言った。

「でも、わたしは嬉しいです。

いつも硬い氷の奥底に隠されている、貴方の心の真実に少しだけ触れることが出来たような気がして。

こうしてわたしたちふたりまた、時に誰にも言えない本音を交わしあいませんか。

あ、貴方だけにならお話ししても構いません。

わたしのその、「人肌知らず」の件についてですが、実はわ、わたしは……」

「おーーーい、クリフトォーー!」

クリフトはぎくっとして口をつぐんだ。

丘の向こうから元気いっぱい走るアリーナ姫を先頭に、自分と勇者の少年を除いた仲間たち皆が、意気揚々とこちらへ戻って来る。

「ごめんなさいね!ふたりだけで留守番させちゃって。

お前には何も言ってなかったから、わたし、ずっと心配でたまらなかったのよ。

ねえ、大丈夫だった?なにごともなかったの?」

「は、はい?」

クリフトは戸惑ったように、愛しい少女のまだあどけなさの残る顔を見つめた。

「なにごともなかったって、なんのことでしょうか」

「ほら、あいつよ!あ、い、つ」

アリーナ姫は屈み込んで声をひそめると、草むらに横たわる勇者の少年のほうをそっと指差した。

「あいつ実は、さっきからめちゃくちゃ酔っ払ってんのよ!

ライアンとの立ち稽古のあと喉が渇いたって、間違って怪我の治療用の極濃蒸留酒を、ぜーんぶ飲んじゃったの。

買い物途中に暴れ出したりされちゃ困るから、ここはクリフトに任せようって、皆で置いてくことにしたんだけど」


「……な」


(なにーーーっ?!)


クリフトはがばと立ち上がって勇者の少年の元に走り寄り、地面に手と膝をついて顔をまじまじと覗き込んだ。

そして呆然とした。

長い前髪のあいだから覗く美しい双眸は重たげに据わり、無感動にクリフトを捉えたとたん、かすかに開いた唇から、壊れた弦楽器のように調子はずれな音が洩れる。


「うぃーーっく」


「な、な、な……」


にわかに脱力して、クリフトは草むらに頭を擦りつけてへなへなとうずくまってしまった。

(そんなぁ……!話題はなんにせよ、初めて勇者様とこんなに親密に話し合うことができたと思ったのに……)

「ちょっと、どうしたのクリフト?やっぱりなにかあったの?」

アリーナ姫が心配げにクリフトに寄り添う。

「ひ、ひぃっく」

「あったといえばあったし……ないと言えばなにひとつありません……」

「なによ、それ」

「……し、しかし……このクリフト、身をもってよーくわかりました!」

クリフトは不意に体をわなわなと震わせると、嵐のような勢いでアリーナ姫を見た。

「勇者様と過ごした貴重な数時間で、海よりも深く学びました!

たとえ酒の力を借りようと、独りで心に本音を押し隠したままよりはずっとましだ。

想いとは言葉にして初めて、色づき形を持つもの。つまり、言わなきゃなんにもわからない」

「なんのこと?」

「あいにくわたしには、酒は一滴たりとも飲めませんが……アリーナ様!」

「は、はいっ」

驚いて直立不動するアリーナを、クリフトはいきなりぐいっと引き寄せて力いっぱい抱きしめた。


「好きです。大好きです!

貴女の全部をお慕いしています!


今は無理でもいつかは……髪の毛から爪の先まで全部、なにもかも、貴女を作るすべてをわたしだけのものにしてしまいたい、そう思っています!!」


アリーナは驚いて目を丸くし、みるみる真っ赤になった。

続々と戻って来た仲間たち皆はその光景を目にして皆口を開け、硬直した。

実は勇者の少年から漂う酒の匂いで、自分も思い切り酔っ払ってしまっていることに少しも気づかず、

クリフトはアリーナの髪に手を差し入れ、額に頬を寄せ、二度と離すまいというように必死で抱きすくめた。


「アリーナ様、大好きだーーーーー!!」




その時、抱き合いながら立ち尽くすふたりの傍らで、まるで暖かな日だまりで眠る猫のように幸せそうに目を閉じ、勇者と呼ばれる少年が微笑みながらむにゃむにゃと呟いた。


「ほら、見ろよシンシア。あいつ、馬鹿だろー………。


そう、あいつ……。あいつらが、俺の大事な……、



仲間………」








秋。

美しい秋。

赤と青のあいだのラヴェンダーの秋が、吹き抜ける風に乗って色鮮やかな幸せを運んで来る。

さて、サントハイムのおてんば姫が突然受けた、幼ななじみの神官の酔っ払った末の世紀の大告白。

彼女がこれに一体なんと答え、目を覚ました勇者の少年がそれを知ってどれほど驚いたのかは、


それはまた別のおはなし、導かれし彼らだけの、ごくごく個人的な問題。




―FIN―

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