神官と勇者の男同士の内緒の話
「あ……」
そのとたんクリフトの顔から、みるみる冷やかしの笑みが消えた。
(そうか、この方は……)
デスピサロ率いる忌まわしい魔物の突然の襲撃によって、生まれ育った村を無残にも滅ぼされてしまった勇者の少年。
寡黙な彼が、自らの負った深い哀しみについて周囲に語ることは一切なかったが、 大切な故郷には家族や友人、そしていとおしく想う恋人も当然いたことだろう。
己れの軽率な発言を悔やみ、とっさにクリフトはうつむいた。
だが勇者の少年は全く気にしていないように体を倒し、頭の後ろで腕を組んでその場にごろんと横たわった。
「……こうしてさ」
「え?」
「こうして花畑で並んで眠るのが、すごく好きだったんだ。
土と風の匂いを感じると、空から眠りの精が降りて来る。
あいつはいつも目を閉じると、すぐにぐっすり寝てたけど、おれは正直言ってあんまりよく眠れなかった。
だって、あいつが隣にいたら……」
「どのようなお方だったのです?」
クリフトはつい誘われるように尋ねた。
常日頃自分のことを全く口にしない勇者の少年が、珍しく素直に語るのを見ていると、いけないとわかっていても、もっと聞きたい、彼を知りたいという抗いがたい衝動が込み上げる。
すでに彼にとって失われた恋なのだと解りながら、クリフトはそれでも尋ねずにはいられなかった。
「一体どんな女性だったのですか?貴方の大切な恋人は」
「恋人……か。いや、恋人じゃない」
勇者の少年の瞳はぼんやりと宙に向けられ、ほとんど無意識に語っているようだった。
「おれは恋人なんていう呼び方は嫌いだ。軽くて浮いてて、まるで時間が経つと萎んでしまう風船みたいだ。
あいつはそんなんじゃなくて、もっと……「おれがここにあるために、絶対に必要不可欠なもの」みたいな感じだった。
飯を食うのに口がいるように、大地を駆けるのに足がいるように、おれがこの世界で生きるために、必ずなくちゃならない存在だった。
だからあいつがいなくなっちまったのに、どうしておれはまだここにいるのか、本当はよくわからないんだ」
少年の手が左胸の隠しに伸びると、中にしまっていたものを引っ張り出す。
おそらく最初は純白だったのだろう、精緻な刺繍が施されてはいるがもうすっかり煤けて汚れた、小さな羽根帽子。
「あーあ、会いてえ」
勇者の少年の声が幼い子供のように繰り返した。
「会いたくて会いたくて、頭がおかしくなりそうだ。
おれ、どうして勇者なんだろうな。誰が決めたんだ?そんなこと。
あいつやかあさんや父さんのたましいが行ってしまった星の海は、一体どこにあるんだろう。
おれはいつになったら、そこに行けるんだろう」
「必ず行けますよ」
クリフトは微笑みかけた。
「そしてもしその時がきたならば、わたしたち導かれし仲間たちも順番に、一緒に。
この広い空に浮かぶ星が、なぜ自らの体を燃やして光るのか知っていますか?
限られた時間を懸命に輝いて輝いて、いつか皆で母なる星の海へと還り、ひとつになるためです。
今わたしたちのもとに降り注いでいる光は、実は何光年も昔に放たれた星たちの輝かしいさざめき。
だとすれば勇者様、貴方がこれから探し出す光もきっと遥か遠く、まだ見えない未来の向こう側を眩しく照らすはず」
「……ずいぶんと詩人だな。お前、神官なんか止めちまえ」
勇者の少年は羽根帽子を懐に戻すと、服のすそですばやく瞼をこすった。
「いつもそんな神話の歌みたいなことばかり言ってるから、いつまでたっても根暗の妄想男なんだ。
アリーナと想いを交わせるようになるには、少なくともあいつと手合わせして三回に一回は勝てるようにならなきゃ駄目だな。
お前、今日から武器を鉄の爪に変えろ。ライアン並みの筋肉をつけて、肉弾戦でも活躍出来るようになれ」
「無理です!人には向き不向きというものがあります。今更わたしが鍛えてアリーナ様のようになれるとでもお思いですか。
それにわたしは、誰よりも強く逞しいアリーナ様を心からお慕いしているんです」
「ふん、軟弱者」
「貴方こそ、ひねくれ者」
「皆に「人肌知らず」だってこと、ばらすぞ」
「だっ、だからそれは……!い、いえ、だったら貴方はどうなんですか?
誰よりも大切な愛しいそのお方のすべてに、男として触れることは出来たというんですか?」
すると勇者と呼ばれる少年は、初めて動揺したように、うっすらと頬に血の色を昇らせた。
だが何も答えずに肩をすくめ、眉を上げると秘密めいた笑いを浮かべて、唇の片側をきゅっと持ち上げた。
「それは、たとえお前でも内緒だ。
おれの、ごく個人的な問題だね」