神官と勇者の男同士の内緒の話
「いいか。この際はっきり言うけどな、クリフト」
緑色の目をした少年は片膝を立て、磨いた剣をくるりと右手で翻すと、優雅な仕草でさっと鞘に落としこんだ。
「おれは前からお前のその聖人然とした立ち居振る舞いが、心から嘘くさいと思ってたんだ」
「な、なにが嘘くさいんですか」
クリフトは憤慨した。
「神に仕える者が聖人たらんと志して、どこがいけないんです!」
「聖人を目指すのは勝手だ。けど、アリーナのことは好きだが男として何も感じない。
愛しているが全てを手に入れたいと思ったことはない。
そんなのは絵本の中の姫君に恋する子供が並べる、嘘っぱちの綺麗ごとだって言ってるんだよ。
クリフトお前、歳はいくつだ」
「に、22に相成りますが」
「アリーナの他に誰かを好きになったこと、あるのか」
「あ、あるわけないでしょう!わたしはずっと、幼い頃から姫様だけをただひたすらに」
「ふーん、……てことはお前」
不意に少年のつめたい美貌が、にまー、と嘲笑の形になった。
「もしかしてその年でまだ、「人肌知らず」か。
そういうの、聖人じゃなくて珍獣って言うんじゃないのか」
「なっ……それはっ…!」
「なんだよ、違うのか」
「だ、だからっ、それはその……!」
始めは顔から火を吹きそうなほど真っ赤になり、それから今度は深海の鮫のように青くなる。
激しい慟哭を繰り返して、引きつけたように咳き込むと、クリフトはぜいぜいと呼吸を整えた。
「そ、そのようなこと、ごく個人的な問題です。いかに勇者様と言えどお答えする義務はありません」
「あっそ」
少年はつまらなそうに肩をすくめた。
「まあどっちだっていいや。とにかく、自分に嘘をつくのはもうやめろ。聞いてて不愉快だ。
アリーナのことが好きだ。いつかは絶対に彼女に触れてみたい。
でも自分は意気地無しだからそんなことは到底無理だ、と正直に言え」
「全く持って余計なお世話っ、です!!」
クリフトはついにかんかんになって怒鳴った。
いくら世界を救う偉大なる天空の勇者だとはいえ、なぜ自分が五つも年下の子供に、女性のことで説教されなくてはならないのだ。
「さっきから聞いていればずいぶんなおっしゃりようですが、あ、貴方はどうだと言うのです?!
女性に触れるどころか、必要以上の会話だってろくに交わすことも出来ないじゃありませんか!
人見知りの内弁慶もいい加減にしないと、天使のような見目麗しさも宝の持ちぐされ、いつまでたっても可愛い恋人のひとりも出来やしませんよ!」
「内弁慶だとぉ」
勇者の少年は切れ長の瞳をきっと尖らせた。
「お前、人が気にしてることをよくも……」(この時クリフトは、あ、一応気にしてるんだな、と思った)
「わたしは本当のことを言ったまでです」
「畜生……いいんだ、おれは恋人なんかいらない。
っつーか、もうとっくの昔にいるしな。お前とは違うんだよ、この根暗妄想神官!」
「へえ、初耳ですね。貴方のように無口で愛想のない恋人を持った不幸な女性が、一体どこのどちらにいらっしゃると言うんですか?
もし許されるならば、是非ともお会いしてみたいものです」
「会うことは出来ない。もし会えたとしても、絶対会わせてやらねえけどな。
ひと目見ただけでメロメロになっちまうくらいめちゃくちゃ可愛いから、お前なんかが惚れたら困る」
拗ねたように言うと、勇者の少年は片手を上げて親指を立て、そのまま自らの左胸をとんとんと叩いた。
「いるのは、ここだ」