神官と勇者の男同士の内緒の話
夏のあいだ青々と茂っていた木の葉が、東から吹いて来る風の誘いを受けて、楽しげに踊る。
やがて少しずつその色を朱に染めて、ひとひら、またひとひらと離れ落ち、母なる樹木に別れを告げて行く。
大地は豊かに実り、空は高く澄み渡る秋。
空気がひそやかな冷気を帯び始め、だがまだ衣服を一枚増やすには少し早い、
まるで赤と青のあいだのラヴェンダーのように、儚くて曖昧で、でも匂い立つように美しい秋。
紅葉の鮮やかさ、土のしっとりした柔らかさに、わけもなくこみ上げて来る喜びを押さえることが出来ず、神官クリフトは空を見上げ、ふふっとひとり嬉しそうに微笑んだ。
「なににやにやしてるんだ」
傍らであぐらを組み、絹の布で剣を磨いていた勇者と呼ばれる少年は、怪訝そうに眉をひそめた。
「お前な、いくら今日はパトリシアの休息のためこのまま野営だからって、昼間っから愛しい姫御前のいやらしい妄想に耽るのは困るぜ」
「ちっ、違いますよ。失敬な!」
クリフトは仰天して真っ赤になった。
「誰が妄想したんですか、誰が!
そ、それにわたしは、恐れ多くも貴きあるじであるアリーナ様を、そのようなみだりがわしい目で見たことなどありません!」
「ふーん、そりゃたいしたもんだな。清廉潔白、まこと清き聖職者の鏡だ」
少年は渇いた声でわざとらしく褒めたたえた。
「なら、男である前に聖なる神の使いであるお前は、愛してやまないアリーナ姫を、よもや一度たりともそういう対象として眺めたことはないって言うんだな。
さすが、噂に名高いサントハイムの「神の子供」は違うね。
人間が生まれついて持つ、哀しくもろくでもない煩悩から、あらかじめ解放されてるってわけだ。
すげえや。羨ましいね。俺には真似出来ないね、全く」
「あ、あのう……?」
クリフトは困惑し、精悍な顔を引きつらせた。
(このお方は、こんな下世話な話を積極的に口になさるような御仁ではなかったはずだが……?)
「なにかあったんですか?
そ、その……失礼ながら貴方の中で、女性に対する情欲の衝動に火が着くようななにかが。
例えばマーニャさんが、今日はいつにもまして扇情的な出で立ちをしていらしたとか」
「馬鹿言え。おれはあの女は好きじゃない」
勇者の少年はきっぱりと言い捨てた。
「派手好きでわがままで、一時も黙っていられない、まるで身体中にガラガラ鈴をつけた騒がしい孔雀だ。
もしもあの女が素っ裸で大の字に寝転んでたとしたって、これっぽっちも、なーーーーんの気も起こらない。
それだけは誓って言えるね」
相性は水と油、少年と普段からいがみ合ってばかりのマーニャがもしこれを聞いていたら、怒髪天を衝くほど怒り狂ったことだろう。
だがあいにく他の仲間たちは皆、近くの集落まで薬草や保存食料の買い出しに出掛け、のんびり草を食む白馬パトリシアと、馬車の見張り役として、彼ら年若い男ふたりだけがこの場に残されたのだった。
「あ、貴方がマーニャさんを苦手にしていらっしゃるのは、よくわかりましたけれど……」
「苦手だとは言ってない。女として好きになんかならないと言ってるだけだ。
大体、ジョーヨクってなんだよ。お前が口にするとどんな話題でもいちいち堅苦しくなるんだよな。
神官だかなんだか知らねえけど、好きになった女に触れてみたいと思うのは、健康な男としてごくごく当たり前のことだろ。
それをセンジョーテキなイデタチだのなんだの、全くお前ってやつはなんにも解ってないな。
いいかクリフト、女はあちこち出たり引っ込んだり、見た目がボヨンボヨンとしてりゃいいってもんじゃないんだ」
「ボ、ボヨンボヨン?」
なにかがおかしい。
クリフトは唖然として、いつもと全く違う様子で勢いよく喋る勇者の少年の、整いすぎた白皙を見つめた。