魔法の料理sideシンシア




散々苦労して 完成まで半日以上かかって やっと作りあげた初めての手料理

指南を仰ぐ母親もいなければ 手順をことこまかに書いたレシピもない 

ただただ 想像と目分量を自分勝手に駆使した手料理

振る舞う相手はいとしい彼 どちらかといえば好き嫌いが多く 積極的に物を口に運ぶタイプじゃない

大皿に盛った料理の量に戸惑いながら スプーンを手にし でもためらいなくひと匙すくって食べる


その瞬間 めったに崩れることのない美しいポーカーフェイスが



うぐっ と 歪んだ





急いでスプーンを奪い取り 恐る恐る味見 それから悲鳴

きゃああ!ごめんね!ごめんなさい! 恐ろしいくらいの大失敗 こんなの食べ物とは呼べないわ 

焦るあまり 床にかしゃんと音を立てて落ちた銀のスプーン

でも彼は 身を屈めてすぐに拾い上げ いつもの無表情を取り戻してひとこと こう言った



うまい。 



スプーンを握った手は そこから 一度も動きを止めることはなかった 

まるで旅の扉に吸い込まれる勇敢な冒険者みたいに 手料理という名の迷惑の塊は あっというまにぜんぶ 彼の口の中に消えた

空っぽの皿を前にようやくスプーンを置き 手の甲で無造作に唇を拭った彼が ぼそりと言う



ごちそうさま。

美味かった。また作ってくれよな。


ありがとう、シンシア。






失敗作を たちまち星みっつの美味に変える 言葉少ななあなたの雄弁な優しさの魔法

それは どんな名店にもけっして売られていない 愛という名の至高の調味料

取るに足らないわたしというちっぽけなシェフの あなたはたったひとりの大切なお得意さま

タマネギをみじん切りしなくたって 嬉しいときも涙はあふれる

ぽろぽろ泣きながら 次は絶対に 絶対に味見して作るからね!と謝るわたしに

笑顔の苦手な彼は 珍しく白い歯を見せて楽しそうに笑い 


ああ 頼むな。

期待しないで待ってるよ。




と わたしの頭をぽんぽんと撫でた。





-FIN-



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