Make piece with LOVE
好きだの、愛してるだのなんて甘過ぎる砂糖菓子みたいな言葉、照れ臭くって簡単に口にするくらいなら、鍛練用の木剣で百ぺん打たれたほうがましだ。
痛みはその時限りでさらりと行き過ぎるけど、言葉は記憶の水底に、苔むした石のように残ってしまうから。
自分の喉には大小さまざまな尖塔があって、想いも音もバネ付きの長靴みたいに弾みをつけて飛ばなきゃなかなか越えていけない。
たとえば喧嘩のあとの仲直り、とか。
乱暴なくらい勢いに任せて抱き合う、とか。
Make piece with LOVE
「愛あるふたりの仲直り」
~It is a sequel to「the bridal night」~
※長編「初夜」後日談
「……シンシア」
無口で無愛想なくせに、やたらと彼女の名前を呼んでしまうのは、単に存在を確認したいだけに過ぎない。
たとえば、見上げればそこに空があるみたいに。
たとえば、見降ろせばそこに土があるみたいに。
いつでも必ず存在して、いなくならないと信じていたいから。
当たり前に傍にいると、信じていたいから。
「……なあに」
とろりと間延びした、眠そうな彼女の声。
まぶたをこすって寝がえりを打ち、はんぶん夢の世界から答える言葉は、大丈夫だよ、あなたと一緒にいるよ、のしるし。
べつに呼んだからって、眠気が吹っ飛ぶような楽しい話題を持っているわけじゃない。特別伝えたいこともない。本当にただ呼んだだけ。
時が止まったような安らぎのなか、いとしい恋人を抱き寄せて髪に鼻先を埋め、彼女が声をあげて笑うような愉快な話が出来ればどんなにいいだろう。
うとうと眠りにつく彼女に、夢すらとろける子守唄のような甘い愛の囁きをあげられたら、俺もやれば出来るんだと自分を褒めてやれるのに。
だが剣や魔法に修練が必要なように、ある種の人間には会話の修練が必要で、残念ながら自分の話術のスキルはレベル1、スライムにだってひとたまりもない。
それでも胸が苦しいほど願う。
彼女に楽しいと思ってもらいたい。
自分といて、幸せだと思ってもらいたい。
「もう、怒るなよな」
その前にごめんが先だろうと解っているのに、会話の間を埋めるためのぶっきらぼうな言葉は反射のように口をついた。
上手く喋れないくせに人一倍沈黙が怖いから、焦るあまりいつも思ってもないことを言ってしまい、結局失敗する。
返事がない。
ただのしかばねのようだ……じゃなくて。
どうやら今日も、同じ失敗を繰り返してしまったようだ。
立ち込めた沈黙の堅さに不安になると、彼女がおもむろに目を開けてじっとこちらを見た。
幼馴染の、大地の精霊族の美しい少女。
千年生きるというエルフだけが持つルビーの深紅の瞳。中に秘密の宝石を隠し持っている。
「今さらそんなことを言うなんて、あなた、まだわたしが怒ってると思っているの?
じゃああなたは、怒ってる相手とこんなふうに抱き合ったり、一緒に眠ったりするの?」
「そういうわけじゃ……」
「怒ってるように見えるのはあなただよ。
さっきはわたしを抱きしめながらあんなにたくさん、好きだ、大好きだ、シンシア、お前を愛してるって言ってたじゃない。
それなのにこうして身体が離れるとあっという間に元のだんまり、いつもの口数の少ないあなたに戻っちゃうんだもの。
わたしはこんなふうにする時だけじゃなくて、いつでもあなたに大好きだって言って欲しいんだよ」
裏表のまったくない彼女のストレートな言葉に、頭をがんと殴られるような衝撃を受け、真っ赤になって動揺する。
「お……俺、そんなこと……言ったっけ」
シンシアの頬がむうっとふくれた。
「なによ、ひどい!終わって冷静になると全部忘れちゃうっていうの?それってあんまりだよ!」
「違うけど……そ、そういうのはあれだろ、夢中になってる勢いで口にするうわごとみたいなもので、わざわざ後から細かく振り返るようなもんじゃ……」
言えば言うほど、どつぼにはまる。
彼女の目が冷たく細められた。
「ふうん、うわごとなんだ。じゃあやっぱりあなた、あのサントハイム城でのお芝居の時みたいな、もったいぶった愛の言葉のほうが得意なんだ。
そうだよね、あんなに何回もアリーナ、俺と結婚してくれ、結婚してくれって、まるで結婚してくれの大安売りだったものね。
いいな、アリーナさんが羨ましいわ。わたしもあんなふうにたくさんの男の人に告白されてみたいな!」
「……なんだよ、それ」
もちろんそれが彼女の本心であるはずもなく、腹立ちまぎれの勢い言葉だと解っていながら、瞬間的にむかっと来たのは止めようがなかった。
もしもこの場面をやり直すことが出来たとしても、きっと自分はやり直した回数と同じだけ、今と同じようにむかっとするだろう。
「だったらそうすればいいだろ。お前こそあの芝居をずいぶんと楽しんでたじゃねえか。
そんなに他の男の気を引きたいなら、今からでも遅くない、サントハイムに戻れよ。そしてどこか人目の着くところで誰かに声をかけられるのを待ってたらどうだ。
きっとすぐにそこらじゅうの男から、さんざんつきまとわれるさ。だってお前はめちゃくちゃ……」
かわいいからな、と言おうとして慌てて飲み込んだ。
常日頃は無口なくせに、怒りにかられている時だけはなぜか必要以上に饒舌になってしまう。自分で自分が嫌になるひねくれ者の典型。
だがどうやら彼女も怒りのあまり、いつもならなんでも理解してやれる彼の自己嫌悪に気づくことは出来なかったようだった。
「ええ、そうよね。街に出ればすぐにたくさん人が寄って来るはずよ。だってわたしはどこへ行っても人間に狙われる、不老不死の血を持つエルフだもの。
声を掛けられるどころか、あっという間に捕えられてまな板の上に乗せられて、お魚みたいに身体をばらばらにさばかれてしまうことでしょうね。
なによ、あなたなんか大嫌い!」
「痛えっ!」
華奢な握りこぶしで裸の胸を思いきりどんと突かれて、思わず声を尖らせる。
「なにすんだよ!」
「あなたなんかもう知らない。今夜は別々に寝る。服を着るからあっち向いてて!」
「別々って、どこで」
「わたしがどこで寝ようが、あなたにはすこしも関係ありません。へらず口の上手な天空の勇者様」
わざと慇懃に答えるとぷいと顔をそむけ、彼女はリスのようにすばやくベッドを抜け出し、部屋を走り出て行ってしまった。
(……くそ!)
腹立ちまぎれにシーツを蹴飛ばして床に落とすと、うつむいて頭を抱え、唇を噛む。
(わけがわかんねえ。なんでいきなりあんなに怒るんだ。俺がなにしたっていうんだよ)
答えは明白、なにもしていない。
優しさを言葉にすることも、労わりを示して素直に謝ることも、大切なものを、大切だときちんと認めることすらも。
悶々と迷っているうちに、時間だけが過ぎて行く。
部屋を覆う夕暮れの茜色が、いつしか青紫の薄闇に変わる。
こんなに暗い夜に、あいつをひとりきりになんかしちゃ駄目だ。
謝らなければ。
「……そうだ」
勇者と呼ばれる少年は猛スピードで服をひっ被り、部屋を飛び出そうとしてその時、なにかを思いついたようにふと足を止めた。