星の夜に・勇シン編
雲のない日は、星が降る。
その夜はとても空気が澄んでいて、不思議といつまでたっても眠れなくて、ベッドを下りて空を見上げると星が降っていた。
金色、銀色、珊瑚色の無数の星屑が、ほうきの形の弧を描いて紫紺の絨毯にこぼれている。
あんまり一度にたくさん降っているものだから、わたしはすっかり感激して、ベッドに駆け戻ると子供のように身を丸めて眠る彼を、ゆさゆさ揺さぶって起こした。
ねえ ねえ とっても綺麗だよ
空の向こうのお星さまが、たくさんたくさん降って来るの
でも身じろぎと共に返って来たのは、ねぼけまじりの不機嫌そうな声。
流れ星だろ べつに珍しくねえよ
今年の夏は雲が少ないから、流星群がよく見えるんだ
命より大切な翡翠の瞳をした彼は、笑顔よりもむっすり顔が得意、お世辞にも人当たりの良い気性の持ち主じゃない。
でも、知っている。彼が無愛想な白い繭玉に隠した心のひだは、じつはとても柔らかく出来ている。
だから、きっとすぐにこう言う、
シンシア お前寒くないのか
こんな夜中にベッドを出たら 風邪引くぞ
……早く、戻って来い
ここに
ほら、ね。
目を閉じてゆるゆる手招きしながら、またうと、うと、と眠りに落ちて行く彼の頬には、絹糸のような美しいおくれ毛がそよいでいる。
わたしは星空を見上げるのを諦めてベッドに戻り、生まれたての子猫が母猫にすり寄るように、彼の懐にすべり込む。
ふたたび夢の世界を訪れている彼が、眠りながらわたしを抱き寄せる。
すこやかな寝息。
夜を越えてそばにいてくれる人。
わたしとあなたはふたつでひとつ、ひそやかで確かな永遠の回帰感。
ねえ、
わたしは彼の名前を呼ぶ。
… … …、
もう 寝ちゃったの?
ん? んー……
まどろみながらひとしずくだけ落とす、とろりと喉にかかった返事。
世界中でたったひとり、わたしの前でだけ無防備に眠りに落ちる人。
おやすみ また明日ね
わたしは頬にキスをする。
また明日も あさっても
ずっとずっと一緒にいようね
雲のない夜、星降る宴を子守唄に眠るとき、憧れつづけた願いが現実になる。
わたしは運命という名の絡め糸から、ようやく彼を取り戻す。
瞼を閉じると、紫紺の絨毯で金と銀と珊瑚色の星屑が、軌道から解き放たれたように一斉にきらめいて、飛んだ。
-FIN-