Empty Promise~ゆびきりげんまん3~




「知らねえ」

「知ってる!」

「だから、知らねえって」

「なにを喧嘩してるんだい、一体」


ある晴れた日の山奥の村、小鳥のさえずりのように響き渡る口喧嘩。

あんまり長く続くから、呆れて間に入る母親。

白く膨らんだ湯気が立ち昇るカップを差し出されて、ふたりはようやく、けんけんごうごうといがみ合うのを止めた。

ミルクが並々と注がれた滋養満点な飲み物は、小さな彼らの大好物なのだ。

「だから知らねえって言ってるのにさ、シンシアがしつこいんだよ」

緑色の目をした彫像のように美しい子供が、ぶっすりと頬を膨らませる。

「嘘つき!かくしてるんでしょう。わたしに黙って、違う誰かと結ぼうと思って!

ずるい!ずるいよ!」

長い耳に紅い瞳をした、こちらも天使のように愛らしい女の子が眉を逆立てた。

「意地悪しないで見せて。ずるっこは止めて、わたしと結んでよ!」

「だから、なんにも隠してねえってば!」

「うるさいよ!」

けたたましい言い争いは、母親の一喝でぴたりと止む。

「取りあえず、飲みなさい」

ふたりは口を引き結んでつんと背中を向け合うと、温められたカップに大人しく鼻を突っ込んだ。

「甘ーい!」

長い耳の少女が目を見開き、うっとりとためいきをついた。

「これ、すごくおいしいね。はちみつが入ってるの?」

「砂糖カエデの樹液さ」

母親は笑って、手にした樫のトレイに乗った小瓶を揺らして見せた。

「大地の恵みから生まれた舌もとろける甘さが、体にひそむ弱さをくるみこんで、たえるこころを強くするんだよ。

言いたいことがたくさんあってもぐっと我慢して、まずは相手の話を聞く。

大好きな相手ならなおさら、それが大事なんじゃないかい?」

男の子と女の子はちらりを目を交わし、気まり悪げにうつむいた。

「……だって、本で読んだんだもん」

悄然と話し始めたのは女の子の方だった。

「この世に生きる人はみーんな、持ってるんだって。

いちばん大好きで、神様が決めた大切な人と繋がってるんだって。

だからわたしと結んでよってお願いしてるのに、この子が意地悪して隠すの」

「俺は知らねえって言ってるだろ!」

男の子が憤慨して足を踏み鳴らした。

「勝手に嘘つきとか、意地悪呼ばわりすんな!

それにもしそんなもの持ってるなら、俺だってとっくに……」

「とっくに、なあに?」

緑色の目をした男の子はむうっと唇を歪め、真っ赤になった。

「なんでもない。とにかく、俺は絶対に知らない」

「まったく……一体なんのことだい?何を隠してて、繋ぎたいっていうんだい」

男の子と女の子は顔を見合わせると、左手の薬指を立てて同時に母親の前に突き出した。





「赤い糸」





母親が目を丸くし、次の瞬間お腹を抱えて笑いだすのを、ふたりはきょとんと眺めていた。

「……見ろ、笑われてるじゃねえか。

だから、絵本のおとぎ話なんかいちいち信じるなって言ったんだ」

「俺たちは村から出られないから、本をたくさん読んで色んな事を覚えようなって言ったのは、あなたじゃない!」

「ほ、本にも色々あるんだよ!赤い糸なんか知るもんか。

第一、糸だったらすぐに切れちまうだろ」

「切れないもん。いつも離れないようにしてたら、絶対に切れないもん!」

「そんなこと言ったって、俺だって剣や魔法の稽古があるし、お前だけとずっと一緒にいるわけにはいかない。

よく解らない赤い糸のことなんか、もうどうでもいいから、こうするんだ」

女の子があっと叫びを上げる間もなく、男の子は白い小さな手を掴み、指を交差させて握りしめた。

「な、こうすれば薬指一本じゃない。五本も繋がるぞ。

離すことも出来て、また繋がることが出来る。一緒にいるかどうかは、俺たちふたりの自由なんだ」

「でも、わたしはいつも繋がってないといやだよ。あなたとずっと一緒にいたいよ」

「だったらついて来いよ。糸に引っ張られるんじゃなくて、自分で」

男の子の手に力がこもった。

「もしお前がどこか遠くに行ったら、俺は絶対にお前を追いかける。

糸なんかじゃないんだ。きっと大事なのは、俺たちふたりの手と足なんだ。

まだ俺は村の外に出ることが出来ないけど、うんと強くなって、いつか世界のあちこちを冒険出来るようになって、この世のどんな悪い奴でもやっつけることが出来るようになったら、お前をいっしょに連れて行く。

世界中のどこにでも、お前を連れてってやる」

「うん!」

嬉しそうに笑った女の子の瞳から、紅いルビーのかけらがきらきら散った。

「約束だよ!」

「ああ、約束だ。

約束は絶対に守られる、幸せのしるしなんだ」

「さあ、仲直りが済んだら帰ろうか」

母親が寂しそうに微笑んで、ふたりの頭を撫でた。

「もうすぐ夕飯だよ。今日はなにを食べようかね」

「パンケーキがいい!ブラックベリージャムをたっぷりつけて」

「坊やは男の子なのに、甘いものに目がないんだからねえ」

「ねえ、指切りしようよ」

女の子が男の子の服の裾を引っ張った。

「いつまでも一緒だって、赤い糸なんかなくたってわたしたち、ずうっとこのままでいられるって約束して」

「うん」

男の子は瞳を輝かせて頷くと、女の子の小指に小指を絡めて、光が溢れるように笑った。

「約束だ。大きくなっても俺もお前も、母さんも父さんもずっとずっと一緒だ。

ゆーびきーりげーんまーん、うそついたらはりせんぼん………、





………俺が、飲ーむ!」




-FIN-


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