TWENTY FOUR SEVEN



「なんだ、その格好。似合わねえ。

お前、踊り子にでもなりたいのか」

面倒なその事件の発端は新しく下ろしたばかりの、肌も透けるような薄い絹地のワンピース。

肩先で蝶の形に結ばれた艶やかな布地、そこからこぼれる雪花石膏の素肌。

華奢な鎖骨の下でしとやかに隆起する胸。

つまり、綺麗過ぎる。

それが問題。









TWENTY FOUR SEVEN









動揺を隠そうとむりやり言葉を押し出したら、いつも以上にぶっきらぼうな言い方になってしまい、恋人の表情はみるみる曇って瞳からルビーの涙、まずいと思ったが後の祭り。

「なによ。せっかくの新しい服なのに……そんな言い方しなくたっていいじゃない。

もういい!」

怒りをきらめかせて走り去る後ろ姿。たなびく髪の隙間から覗く、折れそうに細い肩と白いうなじ。

違う。

そんなに薄着をして……か、可愛い格好をして、もしも俺以外の誰かに見られたらどうすんだ。

込み上げた混乱と不安は、だがすぐに愚問だったと心中で苦くかき消された。

不老不死の血とルビーの涙を持つエルフの彼女が、この村を出ることなどない。

人里離れたこの山奥の村で隠れて暮らす限り、彼女が自分以外の誰かと会うことなどない。

しまった、どうしてあんな言い方しか出来なかったんだと頭を乱暴に掻いて、どうすればやり直しが効くかと考えても、妙案もうまい言葉もなにひとつ浮かばなくて。

だから答えを見つけるより先に、身体が動いた。

ふわふわと地を浮くように不器用に駆ける彼女には、抜群の脚力持つ自分が全速力を発揮するとすぐに追い付く。

焦るあまり、思わず手加減なしで握った手首。

「痛っ……!」

叫びが耳に飛び込むや否や、慌てて離してしまう。

「わ……悪い」

「何に謝ってるの?」

エルフの少女が足を止め、挑戦的にこちらを睨んで来たので、勇者の少年は気圧されて口ごもった。

「わたしが不機嫌になったからって、仲直りしようととりあえず謝るだけなら、そんな適当なことはやめて欲しいの。

あなた、なにを悪いと思って謝ってるの?」

「なにって、それは……」

「この服、わたしには似合わないんでしょう?だから着替えて来るの。なにも謝ることなんてないよ」

少女の目から怒りが消えて、寂しげな微笑みに変わった。

「もう怒ってないよ、わたし。ただすこし悲しかっただけ。

新しい服、真っ先にあなたに見せたかったの。あなたに可愛いって言って欲しかったから」

「か、かわ……」

可愛くないこともない。

悪くない。

決して嫌いじゃない。

とっさに浮かんだ言葉のうちひとつくらいなら言えそうだったが、残念なことにどれも恋人の機嫌を直す威力があるとは言い難い。

どうして不器用で感情表現の下手な自分の言語能力には、「素直」のふた文字が綺麗に欠落しているのだろう?

「……す、すげぇいい」

「え?」

「な、なんでもねえ!だからだな、俺が言いたいのは」

「なあに」

「服なんか、どうでもいいだろ。首から下の風景がちょっとばかり変わるだけだ。なにを着たって一緒だ」

(違うだろう!)

「そ……そうじゃなくて、大事なのは中身で、外側なんかどうでもよくて、べつに何も着てなくても」

(なんて下品な言い草だ!違う!違うんだ!)

「……ねえ」

その時、しどろもどろになった勇者の少年の頬にひんやりと柔らかいものが触れた。

それは彼女の唇。

「落ちついて。息を吸って、吐いて。

思ってることをゆっくり、考えないでそのまま伝えて。

わたし、ちゃんと聞いてるから」

「……」

勇者の少年は途方に暮れたようにため息をついた。

まるで言葉を見つけられなくてむずがるのを、母親にあやされる幼子だ。

剣と魔法の究極を極めた唯一無二の天空の勇者も、いつだって大好きな彼女の前では、拙い子供に成り下がる。

少年は少女と目を合わせないように注意深く顔を逸らすと、不本意そうに顔を赤らめて言った。

「……わ、いい」

「なあに?聞こえないよ」

「すげえ、可愛い」

「ほんとう?」

「本当だ。だから」

少年の声がくぐもった。

「俺以外の誰にも、見られたくないんだ」

少女の頬がぽっと赤く染まった。

「心配しなくても、あなた以外の人なんてここにはいないわ」

「……そうだけどさ」

「それにこんな格好、あなた以外の人がいくら見たって平気よ。

だって」

少女は少年の耳に唇を寄せた。

「あなただけしか絶対に見られない大切な場所が、わたしにはちゃんとあるでしょう?」

「!!」

「今から教えてあげる。来て!」

少女が立ち上がって少年の手を引いた。

「なあに、その顔?まるで魂が抜けちゃったみたいだよ、あなた。

それともやっぱり、今からは止める?」

「や、止めない」

勇者の少年は思わず答えて、真っ赤になった。

なんて奴だ、俺は。

まるっきり馬鹿だ。

馬鹿で、ひねくれ者で、頑固で自分勝手で、我儘で。


そして多分、なにより幸せ。


手を引かれて駆けるのがもどかしくなって、勇者の少年は走りながら少女の体をひょいと横抱きに抱えあげた。

少女は歓声を上げて笑った。

互いの頬と頬が重なる。

今なら素直に言える気がする。


「……だよ、ね」


「……だよ、な」


言葉以上の愛を、愛以上の言葉で。


勇者と精霊、愛し合うふたりは誰にも聞こえない秘密の囁きを、笑い声に弾む吐息に乗せた。





-FIN-


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