フェアリーテイルの夢



「むかーし、むかし。あるところに」

「シンシアという、腹をすかした雛鳥みたいに、いつも騒がしい女の子がいました」

「なんですって?!」

「冗談だよ」

「全く、もう」

「それより続き」

「聞きたいの?」

「聞きたいよ。子供の頃母さんが読んでくれた、フェアリーテイルだ」

「じゃあ話すから、もう少しそっちに詰めてよ。狭いんだもん」

「寒いから嫌だ」

「何よ、子供なんだから」

「早く話してよ」

「解ったわよ。

……ある月夜の晩に星が割れ、弾けたかけらの岩が空から降って来たのです」

「星は岩じゃないだろ。だったらどうして光るんだよ……って、

確か昔も同じこと、母さんに聞いたな」

「知らないの?母さんは教えてくれたでしょう?

夜空に浮かぶ星は、実はとても大きな大きな石のかたまりで、

青白い燐の光を放ちながら、いつもぼうぼうと燃え続けているんだって」

「でもシンシア、空に星なんてなかったぞ。

俺、この目で確かめたんだから」

「確かめたの?」

「ああ、天空の城に昇った時、真っ先に空を見渡して星を探した。

城の下には白い雲が、まるで雪割草が咲き誇る野原みたいに、一面に広がってた。

でも雲の上にいるのに、星はどこにも見えなかった。

地上から見るのと同じように空はまっさらで、岩の塊も、燃える星もどこにもなかったんだ」

「ふふ」

「何だよ」

「なあんにも知らないのね。

教えてあげる。星はね、もっと高いところにあるのよ」

「もっと?」

「そう。空を越え、この私たちの住む世界すら見えなくなる遥かかなた、

どこまでも無限に広がる、きらめく銀色の星々の海があるの。

太陽はそこで星たちを見守り、月は太陽の光を集めて動いている。

わたしたちが見上げる星は、その海の中でずっと燃え続けているんだわ。

わたしの……エルフの祖先も、大昔そこからやって来たって伝説があるくらいなのよ」

「そうなのか」

「なあに?嬉しそうな顔して」

「シンシアの祖先も、空からやって来たんだな。

俺と同じ天空の、もっと高いところから」

「わたしだけじゃないわ、みんなそうなのよ。

全ての命は星の海から生まれ、星の光と共にこの地にやって来るの。

そしてまた再び、星の海に還る」

「母さんも父さんも、そこに」

「そうよ、そしていつかわたしたちも必ず、そこへ旅に出るんだわ」

「それなら淋しくないな」

「ええ、ここでふたりきりで暮らすのなんて、星から見ればとても短いあいだだもの。

ただ、私たちふたりが一緒に行けるかどうかは、解らないけれど」

「どうしてだよ」

「わたしは純血種のエルフ。

多分、半分人間のあなたよりずっと長く生きるわ。

やだ、そんな顔しなくていいのよ。始めから解っていたことだし、

それに一度なくした命を再び授かり、今こうして一緒にいられるだけでも、わたしは夢みたいに幸せなんだから」

「……」

「ね、悲しい顔しないで。

ほら、狭いってば。そんなにくっつかないでよ。小さな子供みたい」

「……寒いからだ」

「でもこうしてると、あったかいね」

「うん」

「なんだか眠くなって来ちゃった」

「なあ、シンシア」

「なあに」

「俺はお前を一人にしたりしないよ」

「え?」

「もし俺が先に死んでも、俺はお前の好きな白い花になって、

お前が俺のところに来るのを、いつまでも待つ」

「……」

「一緒に旅したやつに、教えてもらったんだ。

人は死んでも魂は消えずに残り、光や風になって、大切な人を守ることが出来るんだって」

「知ってるわ。わたし、そうだった。

いつもあなたを見てたよ。しゃぼん玉みたいな、ふわふわした存在になって、あなたのそばで」

「花になれるとは言ってなかったけど、まあ似たようなもんだから大丈夫だろ」

「とても素敵ね、それを教えてくれた人」

「お節介で、いくら邪険に追い払っても俺の後を着いて来るんだ。

いつも神様神様ばかり言っては祈ってる、おかしなやつだったよ」

「今はどうしてるの」

「さあ、そういえば手紙が来てたな。

ずっと好きだった主人の姫と、ついに婚礼を上げるから来てくれ、とかなんとか」

「まあ、そんな大事なこと!どうしてちゃんと覚えておかないのよ。いつなの?」

「確かサンザシの花の咲く頃とか……春だろ。まだもう少し先だよ。

そういえばシンシア、お前も招待されてたぞ」

「ええっ、わ、わたし、人間のお城へ着て行くような服なんて、持ってないわ!」

「服なんてなんだっていいさ」

「そんなわけにはいかないじゃない。

わたし、ただでさえ人里ではとても浮くのよ。

なるべく目を引かないような服を着なくちゃ。灰色か茶色、それとも黒」

「結婚式に黒い服は、あんまり着ないんじゃないのか」

「そうなの?ああ、どうしたらいいのかしら」

「どんな格好だって一緒だよ。お前は綺麗だから目立つ。

人間が怖いなら、ずっと俺の横にくっついてりゃいいさ。

それにサントハイムの……クリフトとアリーナの国の奴らは、多分そんなに悪い人間じゃないよ」

「あなたがそう言うなら」

「城に行けば見た事もないようなうまいものが、たくさん食えるぞ」

「わたしはあなたとふたりで、ここで食べるごはんが一番よ。

でも結婚式は見てみたいわ。
きっと花嫁さん、とても綺麗なんでしょうね」

「どうだろうな」

「花がたくさん編み込まれた白いドレスを着て、絹のベールを被って、

絵本で見たような、白金の指輪もするのかしら?

二人で向かい合って、交代で相手の薬指に指輪を嵌めるの。

永遠に愛し合うことを誓って」

「シンシアもそうしたいのか」

「えっ?……ち、違うわよ。ただ素敵だなって思っただけ」

「俺達、なんにもやってないもんな」

「べ、べつにわたし、あなたと結婚式を挙げたいとか、そんな人間みたいなこと」

「春までに指輪を買うよ。約束する。

今は金がないけど、冬の間に木彫りの笛や、箪笥をたくさん作っておく。

街で売れば、銀の指輪くらい買えるはずだ。高いのは無理だけどな」

「わ、わたし……」

「今まで一度も、ちゃんと言ってなかった。

シンシア、お前が俺の奥さんだ。

これからもここでこうして、母さんや父さんの墓を守りながら、お前とふたりで静かに生きて行きたい。

でもずっと二人ってわけじゃないぜ、結婚すれば子供が生まれる。

たくさん生まれたらいいな。

そうすればもし俺が先に行っても、お前は淋しくないし、

この村もきっと、昔のようにすごく賑やかになるよ」

「ありが……とう」

「なんだよ、泣くなよ」

「泣いてないもん」

「なあ、フェアリーテイルの続きは?」

「忘れちゃった」

「じゃあ今夜はもう眠ろう。

思い出したら、また話してくれよな。

急がなくてもいいよ、俺達、時間はいくらだってあるんだから」

「ねえ、くっつきすぎだわ。狭いってば」

「寒いからだ」

「もう、子供なんだから」

「……おやすみ、シンシア」

「おやすみ、また明日ね」




-FIN-


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