きれいなひと
「まずはミツロウを小さじに1杯。
そして、ラノリンを大さじに1杯。
このふたつは同時に鍋に入れ、低温で溶かすことが重要です。焦げつかさないように、絶えずかき混ぜること。
出来たものを火から下ろし、バラから抽出したエッセンス水を加えます。冷めるまでよく混ぜて下さいね。
これに酸性白土をくわえ、時間をかけて根気よくかき混ぜます。
なめらかなペースト状になれば、ディープクレンジングパックの出来あがり。
お好みでアイリッシュモスやマルメロ、フラックスの種子を砕いて入れると、香りも効果もさらに増しますよ」
「ふうーん」
導かれし者たちの長い旅は、今日も今日とて続いている。
ガーデンブルグでの冤罪事件といういざこざを解決し、仲間たちがふたたび揃ったキャラベル船が大海原へ乗り出して、数日。
海上の陽射しはとにかくきつい。
たえず吹きつける潮風で髪はぱさぱさ、肌も限界に近いほど焼けてしまい、このままじゃあたしたち、土偶になっちゃうわ!とマーニャの悲鳴が波間に響いたのも、無理はなかった。
そんな乙女の窮状を見かねたのか、日頃から控えめで注目を集めるのを嫌うクリフトが、夕食後女性たちを船室の台所へ呼んだ。
ぽかんとする彼女らを観客に、鮮やかな手つきで鍋を回し、杓子で材料をすばやく混ぜ、あっというまにハーブから抽出したエッセンシャルクリームやパック、かぐわしい天然素材の化粧品を作りあげる。
とろりと光沢を放つ化粧品をよく冷まし、硝子瓶に几帳面に三等分すると、クリフトは女性陣を並んで椅子に座らせ、指先で彼女らの頬にためらいなく化粧品を乗せた。
「ミネアさんには、セージのアストリンゼントを。
お休みになられる前に、こうして毎晩お顔全体に塗って下さいね。手のひらですくって何度も繰り返すと、日焼けが鎮静します」
「あ、ありがとうございます」
「マーニャさんには、コンフリーとマリーゴールドのクリームを。たっぷり乗せて、そのまま入浴なさると一層効果があります。
コンフリーには、細胞の再生を早める成分が含まれているんですよ」
「うーん、ひんやりして気持ちいい~」
「そして、アリーナ様には……」
クリフトはきょろきょろとあたりを見回した。
「あれ……、姫様は?先ほどまでこちらにいらっしゃったのに」
「あんたさあ、気遣いはとっても嬉しいんだけど、こういうことはあたしたちよりまず真っ先に、アリーナにしてあげるべきだったんじゃないの?」
顔じゅうに白いクリームをこれでもかと塗りつけ、天井を向いたままのマーニャが肩をすくめた。
「いくらあんたが、ちょちょいのちょいで化粧品も作れちゃう薬学の第一人者だからって、大好きな女の子の前でそうも堂々と、他の女の肌に触れるのはいかがなものかしら。
まずはアリーナちゃんに、ふたりきりで手とり足とりお化粧をほどこしてあげて、その後あたしたちには品物だけ渡す、って手順にするべきだったんじゃないの?」
「だ、大好きなどと、べつにわたしはそういうつもりでは」
クリフトは戸惑ったように赤くなった。
「それに香草入りの化粧品は、効果が高いぶん使い方を誤ると、肌に炎症を引き起こしてしまう場合があります。
わたしは製作者として、使用して頂く方にきちんと自分の手で注意説明を行わなくてはなりません」
「うーん。言ってることはあってるんだけど、どっかがとんでもなくずれてるのよね、あんたって。
あんたのそういう生真面目っていうか、鈍感で融通の利かないところに、きっとアリーナちゃんは苛々しちゃうんだと思うのよね~」
「い、苛々って……。どうしてです」
「女は、好きな人にいつだって特別扱いされたいものなんですよ。クリフトさん」
ミネアがほほえんで言った。
「どんな小さなことでも、他の人と同じじゃ嫌。自分と同じように、他の人を大事にするそぶりを見せちゃ嫌。
わたしだけを真っ先に見て、わたしだけを大切にして、わたしだけをとびきり愛して欲しい。
あなただけは、わたしを特別扱いしなくちゃ駄目。
恋する女の子の、永遠に変わらない願いです」
「はあ」
クリフトは頭をかいた。
「そういうものですか」
「ほら、早く探して来なさいよ。アリーナちゃん、今頃きっとどこかでふてくされちゃってるわよ」
「で、でも、探すといっても甲板はもう暗いですし、それにこの入り組んだ船の中では……」
「小さな頃から一緒にいるあんたなら、こういう時アリーナがどこにいるかぴんと来るんじゃないの」
クリフトは思案げに眉をひそめたが、ふと蒼い瞳を輝かせた。
「……はい。
わかります、わたしには。アリーナ様がどちらにいらっしゃるのか。
すぐに探して来ます!」
くすくす笑うミネアと、呆れたように両手を広げてため息をつくマーニャを残して、クリフトは香り高い化粧品の詰まった硝子瓶を手に、台所を飛び出した。