hair fairy~髪と、神と、女神と~




「クリフトさん、クリフトさん」


一夜明けて、運命に引き合わされた導かれし仲間たちと再び、苛酷な旅に身を投じた朝の事。

結局ほとんど眠らずに、夜明けまで彼女の部屋で過ごし、欠伸を噛み殺しながらぼんやり歩いていると、後ろからトルネコさんに肩を叩かれた。

「はい、なんでしょう」

「服になにかついていますよ。

これは……髪ですね。栗色の綺麗な巻き毛。これとよく似た髪をしている人を知っていますが」

「!!」

わたしは仰天して青くなった。

泡を食って必死に言い訳を考えるも、真っ白になった頭からはなんの口上も出て来ない。

「こ、これはですね、あの、その……!」

「大丈夫ですよ」

トルネコさんは指に挟んだ長い髪をひらひらさせると、何もかもわかっているぞ、というようににんまりと笑った。

「心配しなくとも、美しい女性の髪に住むという妖精の話なら、わたしも聞いたことがあります。

神官とて人の子、時には見えないあやかしの魔力に屈してしまうこともありますよね。

ところで、髪にとてもいいアネイル産の香油があるんですが、よかったら買いませんか?

傷みも補修されて、あっという間に綺麗になりますよ」

「い……いくらですか?」

トルネコさんが口にした金額に、わたしは目玉が飛び出しそうになった。

「高い!」

「これでもクリフトさんだから、ずいぶん勉強させてもらいました。それに恋人の髪を美しく保つため、香油は絶対必要だと思いますよ。

神に仕える謹厳な神官が、いとしい誘惑の妖精と、末長ーく仲良くして行くためにもね」

含み笑いでウインクされて、背中におかしな汗がどっと湧きあがる。

わたしは泣く泣く、懐から小さな路銀袋を出した。

「……十回払いでお願いします」

「駄目です。一括で」

「じ、じゃあ、せめて五回払いで!」

「駄目です。一括以外は受け付けません」

「トルネコさん……商売のこととなると厳しいなあ。いつもはあんなに優しいのに……」

「いやいや、いいんですよ。無理に買って頂かなくても。

ではわたしは今から皆さんに、起き抜けのあなたの肩に着いていたこの髪の持ち主が誰なのか、尋ねて来るとしましょう」

「わーっ、待って下さい!

買います、買いますから!トルネコさん、いや、トルネコ様!」





「騒がしいわねえ」

先頭を歩いていた仲間たちが、後方で奇声を上げるクリフトを怪訝そうに振り返った。

「朝っぱらから、珍しくなにを遊んでるのかしら。クリフトってば」

「秀才と馬鹿は紙一重って言うからな。時々境界線を飛び越えておかしくなっちまうんだろう」

呆れた様子のマーニャと勇者の少年の傍らで、アリーナがくすくす笑った。

「ごめんね、大目に見てあげて。きっとまだ夕べの魔法が解けていないの」

「なによ、魔法って?」

「うん」

鳶色の目が、秘密を告げる子供のように嬉しそうに輝く。

「それはね……「かみの魔法」、よ」

「神の……?徹夜で聖書でも読んだのかしら。頭のいい奴の考えることは凡人には解らないわ。

行こ行こ、ほっときましょ」

皆が無視して先へと進んでいく中、はるか後方でクリフトがうなだれて、トルネコになにかを渡しているのが見えた。

「また誘惑しちゃうからね、クリフト」

アリーナは囁いた。

あの手この手で誘惑してあげる。

いつだってわたしに魅了されて欲しいの。

どんな時もお前と触れ合っていたいから。

お前が全身全霊で愛してくれることが、どれほどわたしに自信と力をくれるのか、お前はちっとも知らないでしょう。

誘惑しているようでいて、実は誘惑されているのはわたしなのかもしれない。



不思議な妖精も決して叶わない、全てを捧げた無償の愛という名の魔力で。





ひと夜の夢のような妖精の戯れが、実は意外に高くついてしまったことを、アリーナは知らない。

くるくる揺れる長い巻き毛を揺らす朝の風が、がっくりと地に膝をつくクリフトの懐に冷たく吹き付けた。


(それでも)


ふたりは離れて同時に空を見上げた。

唇を滑るのはかたや幸福の微笑み、かたや憔悴のため息。

そう、それでもやっぱりまた触れたい。

大好きだと思えば思うほど。





だってわたしはいつでも、魔法みたいにあなたに首ったけ。





-FIN-


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