hair fairy~髪と、神と、女神と~
彼女の髪を、わたしが梳かす。
琥珀の髪は滝のように肩から胸を流れ落ち、飴色の艶やかな直線を描いて腰まで続く。
「傷んでるのも嫌だけど、巻き毛も嫌い」
鏡を数秒じっと見つめてから、ますます不機嫌な声がぽつりと呟いた。
「こうして濡れてる時はまっすぐだけど、乾くとぜんまい草みたいにくるくるに戻っちゃうの。
ミネアやマーニャみたいに真っ直ぐで、宝珠や金の飾りが似合う綺麗な髪ならよかったのに」
「でもわたしは……」
動くたびに大小いくつもの円を描く、愛らしい貴女の巻き毛が大好きです、と言おうとして口をつぐんだ。
容姿の悩みは個人的なもの、他人の物差しでは決して測れない。
彼女の髪が好きなのは掛け値なしの本音だが、下手なことを言ってまた不興を買ってしまうのも困る。
だが耳ざといアリーナ姫は、わたしの言葉をまたしても聞き逃さなかった。
「でもわたしは、何よ?続きを言って」
「い、いえ、別に」
「途中でやめるのは卑怯だわ。言いなさいったら」
「大好きなんです、貴女の髪が。
夏風に揺れる綿帽子のような髪が、すごく素敵だと」
思わず馬鹿正直に白状して、わたしは顔が熱くなるのを感じた。
ああ、こういうのを色呆けと言うのではないだろうか。
会話のなんでもかんでもを、恋だ愛だにすり替えてしまう。脳味噌がいかに軽いかの証拠だ。
「ふーん」
日頃から愛の言葉を連発されるせいで、もうすっかり言われ慣れてしまったのか、アリーナ姫はさしたる感銘を受けた様子もなく頷いた。
「ま、いいわ。ありがと」
「ど、どう致しまして」
「ところで、クリフト。髪には妖精が住んでいるって知ってる?」
「えっ、妖精?」
出し抜けに尋ねられ、わたしは困惑して首を傾げた。
「それは……初めて耳にしました」
「マーニャが言ってたの。髪は女の命。
女の子の髪には、チャームの魔法を持った妖精が住んでいて、麝香みたいな妖気を発して男の人を誘惑するんですって。
つまり大好きだって言うことは、クリフトもわたしの髪の妖精に誘惑されてるんじゃないかしら」
「いえ、違います」
即座に否定したので、アリーナ姫は鼻白んだ。
「どうしてよ」
「たとえ髪かたちがどうであろうと、わたしの姫様への愛は少しも変わらないからです。
ですからそのような一過性の妖気に、この心が惑わされているわけではありません。
貴女の髪がどのようなものでも。
貴女がどのようなお姿をしていても。
わたしは貴女という器の内側に息づく、ダイアモンドのような妙なる輝きを深くお慕いしています。
それは髪の精のあやかしの力ではなく、紛れもない貴女ご自身が放つ、貴女だけの魅力なのですよ」