hair fairy~髪と、神と、女神と~
大好きだと思えば思うほど、どうしても触れたい時がある。
男だからつい衝動にかられるのだろうとか、そんな動物的本能とは関係なく。
星たちも眠る夜深く、ベッドの海にふたり放埒に横たわり、我を忘れて夢中で抱き合うのも勿論素敵だが。
「ね、髪を編んで。クリフト」
宿の鏡台に腰掛ける彼女の、いつもとはちょっと違う甘えた声に、わたしは笑って頷いた。
「はい、姫様」
そう。
髪に触れるだけでいい。
こんなことで途方もなく幸せになれる、わたしはいつでも貴女に首ったけ。
hair fairy
~髪と、神と、女神と~
「どうも近頃、髪が傷んでるのよね」
沐浴を終えたばかりで、熟れた杏のように頬を上気させたアリーナ姫は、鼻先に可愛らしい皺を寄せてため息をついた。
「どうしてかしら。毎日香油を塗ってきちんととかしてるのに、ブラシの通りが悪いの。
洗った後も、手触りがぎしぎしするわ」
「この数日、砂漠越えで随分きつい陽射しを浴び続けましたからね。
吹き付ける風は砂混じりですし、髪や肌に決して良くはないでしょう」
わたしは椅子に腰掛けるアリーナ姫の後ろに立つと、鳶色の長い髪を手に取り、目の細かい櫛で丁寧に梳かしながら答えた。
「ご心配なさらずとも、とてもお美しいおぐしです。この旅の間にずいぶん伸びましたね。
陽の光を受けたべっ甲のようで、毛先までつやつやなさっていますよ」
「違うの!傷んでるの。張本人のわたしがそうだと言ったら、そうなの。
男のお前には解らないのよ。女の子にとって、髪がどれほど大事な意味を持つのか」
「はあ」
「おまけにお前と来たら、わたしと同じように過ごしてるくせして、年中ブラシ要らずの絹糸みたいにさらさらな髪をしてるじゃない!
髪なんて、聖職者には宝の持ち腐れだわ。いっそ剃り落としてしまいなさい、ブライみたいに」
「いたた、痛い!引っ張らないでください!
せ、聖職者は必ず剃髪せねばならぬと決まっているわけではありません!
それにブライ様は剃り落としているわけではなく、天然のハ……」
わたしは言いかけてその言葉の非礼に気付き、慌てて口をつぐんだ。
「ハ?」
アリーナ姫が意地悪そうに笑って、わたしを見上げる。
「天然のハ、なによ?続きを言って、クリフト」
「ハ、ハ……肌を大胆にさらした雅な髪型が、ブライ様の優れた叡智をますます顕著にしている、と言いたかったのです。
ほら、昔から言うでしょう。あらわな額は秀でたあかし……、と」
「ふん、うまくごまかしたわね」
アリーナ姫はつまらなそうに頬を膨らませると、正面へ向き直った。