kiss and cry
たいていの人間はそうだと思うが、己れの顔を間近で凝視されることには、あまり慣れていない。
目を閉じているのでむろん断定は出来ないが、恐らくアリーナ姫は、かなりの至近距離で自分の顔をまじまじと見つめている。
気配で解るのだ。
この世の誰よりいとおしい人がまばたきしたり、視線を揺らしたり、子リスのように小首をかしげる気配。
「ほんっとーに、ハンサムねぇ。クリフトって」
当のいとおしい気配の主は、観察対象のクリフトにしっかり聞かれていることも知らず、しみじみとため息をついた。
「半分天空人の血が入った勇者のあいつみたいに、目も醒めるほどの美形っていうのとは違うけど、目も鼻も、あるべき所にちゃんとあるって感じの、優しい顔。
見てると、なんだかほっとする。こういうの、癒し系の顔立ちって言うのかしら。
……でも」
前髪を束にしてそっと掴まれ、つんつん、と引っ張られる。
「顔は文句無しでかっこいいんだけど、この髪型はどうかと思うのよね、わたし。
どこもかしこもしゃきーんと揃っていて、ドングリのヘタみたいっていうか、鉄兜みたいっていうか。
せっかく王様になったんだもの、ちょっとくらい伸ばしてもいいんじゃないかなあ。このままだと、国王の威厳もなにもあったものじゃないわ」
(な、何っ?!)
狸寝入りを決め込むクリフトの上瞼が、ひくひくっと痙攣した。
(し、知らなかった。この髪型には威厳がないのだ。
国王たる者、清浄謹直な外見でなければならないと、先日綺麗に切り整えたばかりなのに……!)
「まあでも、いっか」
アリーナの声が暢気そうに言った。
「髪型なんてべつに、どうだっていいわよね。
どうせ男の人は、年を取ると髪の毛がどんどん抜けちゃって、最後はみんなブライみたいなつるつる頭になるんだから」
じ、冗談ではありません!
わたしの毛根はまだまだ栄養たっぷり、弱る気配を微塵も見せず豊かに実っています。
「大丈夫、禿げても大好きだよ。クリフト」
嬉しいような、嬉しくないような。なんだろう、この複雑な気持ちは……。
「さあ、そろそろベッドに移動しましょうか。クリフト」
「!」
突然背中とソファの間に手を差し込まれ、にわかに体がふわっと浮き上がって、クリフトは目をつぶったまま仰天した。
なんという腕力!
ほとんど片手で、しかも腕というより掌の力のみで悠々と持ち上げている。
今更ながら思いだしたが、わたしの大好きないとしい奥さんは、世界に名だたるとんでもない力持ちだったのだ。
完全に目を開けるタイミングを失ってしまったクリフトは、まるで小さな赤子のようにアリーナに抱きあげられ、ベッドにひょいと降ろされ、横たえられた。
頭の後ろを持ち上げられて、枕の上に乗せられ、肩までそっと羽根布団を掛けられる。
気恥ずかしさと情けなさが突き上げ、死にたい気持ちになったが、だからと言ってこのタイミングで目を開ける冒険心も、勇気も持ち合わせていない。
「……ごめんね、クリフト」
その時、無理矢理つぶったクリフトの瞼の上に、いつも明るい彼女らしからぬ弱々しい声がこぼれ落ちた。