flavor of love
「スタンシアラきっての酒豪でいらっしゃるという大使様に、とても、たくさん飲まされてしまって。
疲れ、ましたぁ……」
クリフトはとろんとした目でほほえみ、ふーっと絞るように息をつくと、よろめきながらアリーナの傍らまで歩いて来た。
日頃なめらかに白い頬を真っ赤に染め、全速力で走った子供のように胸を上下させている。
置き時計の振り子のように体を左右にぐらぐら揺らし、ベッドに腰掛けようとしてずるっと、背中から床にまろび落ちた。
アリーナは黙ってそれを睨み下ろした。
「……いたい」
痛いのに、なに嬉しそうに笑ってるのよ、クリフトの馬鹿。
「あー、姫様。そこにいらっしゃったのですね」
さっきからずっとわたしはここにいるわよ、クリフトの馬鹿。
「ご機嫌、いかがですかー。お休みのところをお起こししてしまってぇ、申し訳ありません」
ご機嫌がいいわけないでしょ。それにお休みも何も、わたしは寝てないの。寝てないのよ、クリフトの馬鹿!!
怒り心頭で罵り言葉を告げようとした時、ふいに床にあおむけに寝ころんだクリフトが腕を伸ばして、ベッドに腰かけたアリーナの両足を抱きしめた。
「好きだ」
アリーナは口をつぐんだ。
「貴女が好きです」
「………」
「めちゃくちゃ好きだ」
「………」
「こうして貴女のお傍にいられるのなら、いっそ、この旅が永遠に終わらなければいいのに。
地獄の帝王が、世界中にあと百人くらいいたらいいのに……なんて、とんでもない罰当たりだなぁ、わたしは。
神官失格ですね、これじゃ。今の話はくれぐれも姫様には内緒にしておいて下さい、勇者様」
そう言ってアリーナを見上げ、クリフトは据わった目をぼんやりとしばたたかせた。
「あれえ、勇者様。ちょっと見ないうちにずいぶん丸顔になりましたねぇ」
丸顔で悪かったわね!
酔っ払ったクリフトの頭の中で、いつのまにか記憶はかつての冒険の旅の頃に逆戻りし、配役まで入れ代わっているらしい。
だがたったいま彼が口にした鮮烈な愛の言葉に、アリーナは頬の内側がきゅっと甘酸っぱくなるのを感じ、もはやそれ以上怒る気をなくしてしまった。
「……クリフト、わたしは勇者じゃないわ」
「はい、はい。知ってますよー、貴方様が、自分が勇者なのをとても嫌がってるってことは」
クリフトは首を縦に振って何度も頷き、呂律の回らない声を大きくした。
「でも、ですよ。誰かがやらなきゃならないんだから、仕方がないでしょう。
だったら俺がやってやるって、前向きに考えるしかないじゃないですか。貴方という人間は、世界にたったひとりしかいないんですから」
アリーナをぼんやりと見つめるクリフトの眉が、悲しそうに下がった。
「わたしに、貴方の役目を代わってあげることが出来たらいいのに。
わたしはこうして戦いの日々に身を投じても、姫様とブライ様という、かけがえのない同郷の敬主と共にいられる。
でも、貴方はひとりだ。これ以上なにも失わないように、わざといつもひとりでいようとしている。
わたしは貴方から決して離れない。貴方のためなら、この命を捨ててもいいと思ってるんですよ。それがわたしの役目なのですから。
そして出来るならば、ただの旅の仲間じゃなく、貴方ともっと心打ちとけあった友人に……」
クリフトのうつろな目が、じーっとアリーナを凝視した。
「あれぇ、ライアンさん。いつご自慢の髭を剃り落としたのですか?
申しわけないですけど、全然似合ってませんよ。それにお髭がないと、ずいぶん丸顔なんですねぇ。まるでつきたてのお餅みたいだ」
アリーナは後ろにひっくり返りそうになって、かろうじてこらえた。
(あ、あとで覚えてなさいよ、クリフト……!)
「ライアンさん、貴方は本当に敬服すべきまことの戦士です」
クリフトは歌うように続けた。
「わたしは貴方に、心底憧れているのですよ。強くて逞しくて、剛毅で、揺るぎない己れの矜持を持っていて。
貴方のその真直ぐな清廉さがあれば、勇者様はきっと、喪ってしまった信じる心を取り戻す。
だからこれからも、共に進みましょう、トルネコさん。メタボ解消ダイエットもどうぞ頑張って下さい。
時々は郷里のネネさんとポポロくんへ、手紙を出すのをお忘れなく。待っている家族があるというのは、なにものにも代え難く幸せなことですよ」
いつのまにか、また配役がチェンジされてる……!
すっかり酔っ払ったクリフトは、アリーナの顔にとろりとした視線をあてながら、遠く過ぎ去った日々の思い出を夢想するように、うっとりとほほえんで呟き続けた。