ふたりのクリスマス



もうすぐやって来る。寒い冬。白い吐息。うずうずするほど楽しみな日。

凍りつくように冷たい空気を彩る赤や緑や金。あの人との素敵なクリスマス。

「書物によると、古代西方の国々ではその日のことをノエル、と言ったらしいの。

大きなモミの木のツリーを飾って、大好きな人とプレゼントの交換をする。

葡萄酒にシャポン(去勢していない雄鶏の丸焼き)、こんがり焼けたチーズタルト、甘い甘いチョコレート•ムース……。テーブルいっぱいに並んだ夢のようなご馳走!

ああ、素敵。わたしもぜひクリスマスのお祝いをしたいわ。どうしてサントハイムにはクリスマスの風習がないのかしら、クリフト?」

「いかんせん、もうとうに絶えた古い国の伝説の祭事ですからね」

赤い表紙の古代史の本を胸に抱え、浮き浮きと肩をそびやかすアリーナとは正反対に、傍らのクリフトはなんとなく不満そうに答えた。

「偉大なる聖祖サントハイムの教えでは、一年の終わりとは教会で厳かに感謝の祈りを捧げて過ごすもの。

わが国には静かに年の暮れを迎えるしきたりはあっても、いずこの生まれとも知れぬ古い神の誕生日に飲んだり食べたり騒いだり、所構わず派手に祝う風習はありません」

「なによ、クリフトったらいやに批判的なのね」

「わたしはクリスマスなどと言う世俗の流行には惑わされず、わたしの信ずる神の教えに謹直に従いたい、と思っているだけです」

「あーあ、相変わらず真面目すぎるんだから。お前は」

アリーナはため息をついた。

「その長い帽子に隠したかっちかちにお堅い頭、一度わたしの部屋の壁にぶつけてみてごらんなさい。

わたしの蹴りをお見舞いするよりも早く、壁の方が木端微塵に崩れちゃうわよ」

「な……、なんと」

「そんな通り一遍の考え方、つまらないわ。風習がなによ。風習を守らなければならないのなら、この国のみんながみんな、一年の終わりをまったく同じように過ごさなければいけないじゃない。

この一年、サントハイムの平和を守って下さった神様に感謝の祈りを捧げるのは大事なことだわ。でもそれとは別にわたしとクリフト、ふたりだけのクリスマスの過ごし方があってもいい……そうは思わないの?」

「ふたりだけの」

クリフトは我れ知らず、喉をごくっと鳴らした。

「そ、そそれは……例えばどのような」

「そうねぇ」

アリーナは考え込むように天井を仰いだ。

「じゃあわたしとクリフトのふたりきりでパーティーをして、プレゼントの交換をするっていうのはどうかしら?」

「わ、わたしがアリーナ様にプレゼントをお捧げするのですか?」

「お前だけじゃないわよ。わたしからももちろんプレゼントをあげるわ。うーん、なんにしよう。なにか欲しいものはある?クリフト」

「欲しいもの、ですか……」

そんなの決まってる。

まだ背丈も小さな頃からたったひとつ、胸がかきみだされるほど欲しいと願い続けて来たものは、誰にも言えないし変わらない、この世にたったひとつだけ。

「……いえ、残念ながらとくには」

「相手を喜ばせたいと思えば思うほど、プレゼントを考えるのって難しいわね。なにを贈ればいいのかわからなくなる」

「プレゼントに大切なのは贈る物品如何ではなく、気持ち、です。贈りたいと思う相手に届ける心からの愛」

「愛?」

「いっ、いえ!わたしが言う愛とは決して、個人的な感情のことではなくてですね、友愛や感謝や信頼を込めた他者への清い愛のことで……」

「ああ、それなら大丈夫。自信あるわ」

アリーナは深く頷いた。

「わたし、魔法は使えないけど、お前に贈るプレゼントに一生懸命気持ちを込めるわね、クリフト。

海よりも深くて山よりも高い、身体じゅうからこぼれ落ちるくらいの愛を」

自分で愛の個人的意味を否定しておきながら、クリフトは動揺してぼわっと首まで真っ赤になってしまった。

耳に録音機能があればいいのに、ととっさに思ったことはとても口には出来ない。神よ、たったいまわたしはもう最高のプレゼントをもらいました。クリスマスを古い国の下らない祭りだなんて、これからは決して馬鹿にしたり致しません。

誰かに愛と感謝を伝える機会は一年の終わりだって始まりだって、いつでも構わないのだ。どこの国の由来だっていい。発祥の意味を知らなくてもいい。ただ、多ければ多いほどいい。

世界中に愛があふれる日。とびきり嬉しいプレゼントの予約が出来る日。

皆公認のそんな日が、一日くらいあったっていいじゃないか?

「では、その日は僭越ながらわたしが、教会の賄いで鍛えた料理の腕を振るわせて頂くことにしましょう。

古い祝祭に食べるのはよく肥えたフォアグラ、白いブーダン、煮詰めたミルク粥、薪型のブッシュ・ド・ノエル、シナモン風味のホットワイン。

ほっぺが落ちないように、召し上がる時はどうぞハンカチでしっかりと支えておいて下さいね。姫様」

「クリスマスは世俗の流行だなんて言ってたわりにはずいぶん詳しいのね、クリフト」

「流行に惑わされないまでも、有識者として念のため調べはしておくものです」

「ああ、楽しみ。わたし大好きよ、クリスマス!早く来ないかな」

アリーナは喜びに瞳を輝かせて、ほほを窓にぺたりと貼りつけた。

その日まで時間が早送りされればいい、そしてその日のままで永遠に止まってしまえばいい、そんな歓喜に満ちた丸い、透明な瞳。

彼女の吐く息で窓が曇る。外は寒い。でも、家の中はこんなにも暖かい。

目の前で幸福という名の調印が行われているようで、不意にクリフトの胸が詰まった。失いたくない大切な光景だ。

もうすぐやって来る。うずうずするほど楽しみな日。凍りつくように冷たい空気を彩る赤や緑や金。

いとしい彼女に、わたしは何を贈ればいいだろう?頭を悩ませるのも贅沢な悩み。一年に一度の素敵なクリスマス。

だから、楽しもう。祝祭を寿ぐ幸せを存分に噛み締めよう。

だってなにげなく訪れる色鮮やかなこの場面こそ、あなたからの素晴らしいプレゼント。




-FIN-


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