いつか星が降れば


「わっ!ひ、姫様」

「お前もここで、一緒に寝るのよ」

「いっ、いえ!!とんでもありません!」

クリフトは慌てて後ずさった。

「貴いサントハイム王家の唯一の後継者であられるアリーナ様に対して、卑しい身分のわたしが、そのような無礼を働くわけには」

「わたしは今夜、クリフトと一緒に寝たいの。だからわざわざここに来たのよ」

「で、ですがそれは……そ、そうだ、ではわたしは床で休ませて頂きます!それなら」

「ク、リ、フ、ト!」

アリーナはじろりとクリフトを睨んだ。

「今さっき自分で言ったわよね。誰がお前の主人なの?

何度も同じ事を言わせないでちょうだい」

「……はい」

クリフトはうなだれた。

「大変失礼致しました」

「ここに来て、お前も布団に入ってわたしと一緒に寝るの。

……そ、それから」

アリーナはもじもじと目を伏せ、急に気弱な声で呟いた。

「もし、お、お化けが出ても怖くないように、しっかりとわたしを抱っこしておいて」

「お化け?」

クリフトはぽかんとして繰り返した。

「も、もちろんわたしはもう10才だし、お化けなんて少しも怖くないわよ。

ただ、夜の教会はあんまり好きじゃないの。十字架がまるで人魂みたいに、ゆらゆら青白く光ってるし、壁に描かれてる絵のおじさんの顔も、なんだかすごく気味が悪いし」

「おじさん」

クリフトは吹き出した。

「あれは聖サントハイムの降臨が描かれた、とても貴重なフレスコ画です。

あの聖人はおじさんではなくてアリーナ様の祖先、このサントハイムを建国した偉大なる開闢の祖ですよ」

「カイビャクノソ?」

「うーん、そうですね」

クリフトは言葉を選ぼうと考え込み、肩をすくめた。

「この国を作った、アリーナ様の遠い遠い、ずうっと昔のお祖父様のようなものです」

「なんだ、じゃあやっぱりおじさんじゃないの」

アリーナは言うと、少し安心したように笑った。

「でもわたしの古いおじいさんに当たる人なら、お化けになって脅かすようなことはしないわよね」

「聖サントハイムが本当に出て来て下さるのならば、わたしは逆に、お会いしてみたいような気もしますが」

「それにクリフトがいてくれるなら、怖いことなんて何にもないわ」

アリーナは無垢な頬をあどけなくほころばせて、にこりと笑った。

「お前はいつもわたしを守ってくれる。強くて、とっても頼りになるもの」

(うわ……)

とたんに頬の内側がきゅうっと痛むような、甘酸っぱい感情が湧き上がる。

クリフトは慌てて首をぶんぶんと振り、ロザリオを握りしめるとぶつぶつと呟いた。

(か、神よ、神よ)

(わたしは決して、姫様に邪な思いを抱いてなどおりません。

アリーナ様をお慕いしてはいるけれど、それはまっさらな純白の雪のように、曇りない心からの想いなのです。

だから全然平気です、一緒に寝ようがくっつこうがわたしは、ぜ、全然平気……)

「ねえクリフト、早くここに来てよ」

アリーナは子供っぽい口調で言うと、羽根布団を手で跳ね上げた。

どうやら眠くなったらしく、にわかにとろんとした目をこすりながら、自分の隣をとんとんと叩いてみせる。


「ね、抱っこして」



ああ神様、やっぱり駄目だ。



体中の血が沸騰するような、ぐらぐらした眩暈を感じ、クリフトは赤くなったり青くなったりしながら、やがてがくりとその場に力無く膝をついた。
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