いつか星が降れば
「わあ、クリフトのベッド、ふかふかねえ」
使い込まれた簡素な樫のベッドにごろんと寝転び、アリーナが弾んだ声をあげると、クリフトはきっと顔を引き締め、直立して頭を下げた。
「ご安心下さい、アリーナ様。
ちゃんと毎日シーツは洗濯し、布団の綿も打ち直したばかりですから、粗末な寝床ですが磨きたてのみかげ石のようにぴかぴかに綺麗です」
(なにがご安心だか……)
自分で言って自分で呆れながら、クリフトはまた深いため息をついた。
「洗濯って、クリフトが自分でシーツを洗うの?お洋服も?」
「勿論です。他に誰がやってくれるわけでもありません。
わたしなど下っ端ですから、神父様や修道士達みなの分のシーツを、毎日洗濯していますよ」
「すごいわ!クリフト、偉いのねえ」
「身の回りの事は自分で、それが教会で暮らす者の生活の基本です」
「ふうん」
アリーナはすっかり感心したように、何度も頷いた。
「わたし、今までお洗濯なんて一度もしたことなかった。でもそれはよくないことだったのね」
「アリーナ様は王女殿下であらせられますから、そのような事はなさらずともいいのです」
クリフトは微笑んだ。
「人にはそれぞれの居場所があり、それぞれにやるべき事があります。シーツを洗うか否かも、またそのひとつ。
市井の民の中には、城に住まう高貴な方々の暮らしをうらやむ声も多くありますが、わたしはそうは思わない。
石造りの城に住み、金の衣に袖を通さなければならぬ方々には、その方々にしか解らぬ苦労もあるというものです。
大切なのは他人を羨まず妬まず、自らに与えられた暮らしの中で、日々ひたむきに努力を重ねていくことですよ」
アリーナは首を傾げた。
「それはつまり、わたしはお洗濯をしなくてもいいと言うことなの?」
「姫様が洗濯をご自分でなさったら、お世話係であるカーラさんのお仕事がなくなってしまいます。
姫様のお仕事は、頂いた洋服を大切に着ること。
それからいつも用意を整えて下さるカーラさんに、心をこめてお礼を言うことです」
「解ったわ」
アリーナは嬉しそうに言った。
「それなら明日から、すぐにでも出来そう」
「下々への感謝と慈しみの心を忘れない、アリーナ様は素晴らしい君主とおなりになるでしょう」
クリフトは温かい声で言うと、ランプの火を落とし、アリーナにそっと羽根布団をかけてやった。
「ではごゆっくり、お休みなさいませ」
「ちょっと待ちなさい。なに出て行こうとしてるの?」
クリフトはぎくりとしたが、聞こえなかったようにそそくさと、アリーナに背を向けようとした。
だが薄暗がりの中で、すかさずアリーナはクリフトの腕をがしっと掴んだ。