いつか星が降れば
「これまでもたくさんの神官や尼僧がこの国を捨て、よその国に旅立ってしまうのを見て来たわ。
みんな最初は、サントハイムのために生涯尽くすと言ってたのに、いつしかエンドールやボンモールの大きな教会で働きたいと思い始めて、結局いなくなってしまうのよ。
それにブライが話してたのを、わたしこっそり聞いたの。
クリフトはね、百年に一度現れるかどうかって言う、ええと……マ、「マレニミル」白魔法の才能の持ち主なんですって。
そんなすごい力を持ってる人が、こんなサントハイムの小さな教会なんかでずっと過ごす事に、満足するわけがないわ」
「ブライ様がそんなことを」
クリフトはびっくりして頬を赤らめた。
「な、何かの間違いではないでしょうか。
わたしはただの、卑しい孤児出身の神官見習いです。
生涯を聖サントハイムのしろしめすこの地に捧げ、神のために、なんとかして役に立ちたいと考えてはいますが、
わたしにはまだまだそれを実行すべき、力も才覚もなにひとつありはしません」
「じゃあお前は絶対に、サントハイムから出て行ったりしないの」
「しませんよ」
クリフトの目が優しくなった。
「わたしはこの国を愛しています。
それに……ずっとおそばにいたいんです。ずっと、この命がある限り」
「え?なんて言ったの?」
「いえ、その」
クリフトは慌てて首を振った。
「そ、それよりですね、やはりこちらでお休みになるというのはちょっと」
「嫌ぁよ。もう決めたの。今日はクリフトと一緒に寝る!」
アリーナは断固として言い張った。
「お前がちゃんとわたしと一緒にいるって解るまで、毎日ここで眠るわ!」
「ま、毎日?!絶対駄目です!」
そんな事になろうものなら、睡眠不足と動悸不全で三日と持たずにこっちの方がダウンしてしまう。
「どうしてよ!クリフトのケチ!なんて言おうと今夜は、わたしぜーったいに帰らないんだから!」
「姫様……」
クリフトは困り果てて、頬をふくらませてそっぽを向くアリーナを見つめた。
一度言い出したら聞かない”おてんば姫”を説き伏せるのは、世話役のブライか古参の侍女カーラでも連れて来なければ無理だ。
だがそんなことをすれば、自分を頼りに独りここまでやって来たアリーナはどんなにか失望し、悲しむことだろう。
「……解りました」
クリフトは心を決めて頷いた。
「ですがお約束して下さい。
今夜だけこちらでお休みになって、朝になったらすぐに城へお戻りになるんですよ。
カーラさんにはのちほど、わたしからうまく伝えておきますから」
「やったあ!」
アリーナはぱっと顔を輝かせ、足を踏み鳴らして無邪気に飛びはねた。
「そうこなくっちゃ!クリフト、だぁい好きよ!」
小さな身体が鞠のように弾むと、両手を伸ばしてがばっと抱き着いて来る。
途端に心臓が喉まで跳ね上がって、クリフトは思わず叫び声を上げそうになるのを必死でこらえた。
(だっ、大丈夫だ)
(落ち着くんだ!こんなの、仲の良い兄妹の挨拶の抱擁みたいなものだ)
(神よ、わたしは決してヘンタイではありません。
これはそれを証明するために、あなたがお与えになった試練なのですか)
首にかけられたロザリオを見つめ、ぴたりとくっついてくるアリーナの温もりに顔を真っ赤にしたまま、クリフトは魂を搾り出すような、深い深いため息をついた。