春の夜の夢
それは長い冬を越え、世界におだやかな平和が訪れたあとの、とある春の初めの一夜のこと………。
「……ね、クリフト」
「はい」
「寒くなって来たわ。もう少しこっちへ来て」
「はい」
「あ、痛たたっ。
ちょっとクリフト、肘!髪の毛踏んでるし、それに身を乗り出しすぎよ。ベッドから落っこちちゃうじゃないの」
「も、申し訳ありません」
「べつに謝らなくてもいいわよ。それより、腕」
「はっ?」
「だから、腕」
「は……、そうですね。ううむ、こ、こんな感じでしょうか。
あまり筋肉には自信がないのですが、このくらいは」
「うわあ、すごい力こぶだわ。さすがクリフト、脱いだらすごいのね!
わたし逞しい人には目がないの……って、馬鹿!違うわよ」
「は…はあ」
「この状況で腕と言ったら、腕まくらに決まってるじゃないの。
全く、どうしてこんなことまで説明しなくちゃいけないの」
「わ、わたしが不調法ゆえ……、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「だから、謝らなくていいってば」
「は、申し訳ありません」
「……」
「では、失礼して……こうですか」
「そう」
「わぁ」
「なによ」
「な、なんだか落ち着かないですね」
「そう?」
「その、あまりにも身体を密着させすぎと言いますか、この体勢のまま長くい続けるのはし、心臓に悪……」
「でも世間の恋人達は、皆こうやって抱き合いながら朝まで一緒に眠るのよ」
「この状態でですか?!」
「マーニャはそう言ってたけど」
「うーむ、そうなのか。わたしには姫様とこんなふうに身を寄せ合いながら、眠りにつくなどとても」
「なによ、わたしじゃ不満だっていうの」
「ち、違いますよ。その逆です」
「とにかく、今日はこうやってくっついたまま眠るの!それが恋人達の幸せな時間なの。
もう決めたんだから、じゃ、お休みなさい」
「は、はい……お休みなさいませ」
「……」
「……姫様」
「……」
「姫様」
「なによ、もう!眠れないじゃない」
「その……お休みになられる前に、服だけはお召しになられませんと」
「だめよ」
「な、何故です?春とはいえまだ夜はずいぶんと冷えます。このままお休みになり、もしもお風邪を引いては」
「だって、それじゃ面倒じゃないの」
「何がですか?」
「また脱ぐのが」
「……」
「こうして抱き合いながら眠っていると、やがて男性の方から、もう一度女性に愛を求めて来るらしいわ。
そして東の空が白むまで恋人達は思う存分、再び愛を確かめ合うのよ」
「そ、そうなんですか?」
「マーニャはそう言ってたけど」
「それでは……、このまま何も着ない方がいいのかな、いやでもやはり、姫様のお体に障りがあるといけないし……」
「とにかく、このままわたしたちいったん眠るわよ。
そして、頃合いを見計らってお前がわたしを起こしてちょうだい」
「頃合いとは」
「お前がもう一度、わたしと愛を交わしたくなる頃合いよ」
「あ、愛を?」
「だってそういうタイミングは、多くは男性側の都合によるものなんでしょ」
「そうなんですか?」
「マーニャはそう言ってたけど」
「ではその頃合いというものは、わたしが独断で決めていいと言うことですね」
「多分、そうなんじゃないの」
「じゃあ、今から」
「え?ち、ちょっとクリフト……あ」
「一旦眠る必要などありません。わざわざ抱き合うポーズを作ることもない。
わたしはいつでも姫様を愛していますし、何度でも姫様と愛情を確かめ合いたいと思っていますから」
「クリフト」
「だから、腕まくらはまたあとで」
「うん……あ、でも」
「何ですか?」
「愛し合うのは東の空が白むまでなのよ。今から始めるとなると、かなり時間をかけたものにしなくてはならないわ」
「……頑張ります」
「冗談よ、馬鹿ね」
「姫様」
「なあに」
「愛しています」
「うん」
「世の中の恋人達がどうしているかなんて、気にしないで」
「私たちは、私たちの思うがままに?」
「そう」
「素敵」
「これからもずっと二人でこうして、いつか」
「二人だけの愛の形を、見つけられたら?」
「そうです……でももうなにも言わないで。目を閉じて」
「好き、クリフト」
「はい、姫様」
---そして恋人達に甘い夢を授け、夜はまた明ける。
明日がもっと幸せであるよう、祈りを込めた朝の陽射しの中で。
-FIN-