いつか星が降れば
「ひ、ひ、姫様?!どうして……」
「……どうしても眠れないから、ここに来たの」
物心着く前からの長い付き合いの中、こんなふうに彼女に意表を突かれるのは、当然初めてのことではない。
だが誇り高いサントハイムの王女として、あまりに予測がつかない突飛な行動に、クリフトは毎回、腰を抜かすほど驚いてしまう。
そこに立っていたのはもちろん、つい先程まで一緒に過ごした、小さなアリーナ姫の姿だった。
ゆったりした絹の就寝用ドレスを着た少女は、青い顔をして後ろ手に扉を閉めると、眉毛を八の字にして、のろのろとクリフトの傍までやって来た。
「こんな遅くに……ど、どうやってここまで来たんですか?
カーラさんや、ブライ様は」
「カーラには、喉が乾いたから温めたミルクを作って来てと言ったの。
ブライは夕食にキドニーパイを食べすぎて、厠にこもってるわ」
クリフトは恐る恐る尋ねた。
「……で、その隙に」
「そう、これ」
アリーナは腰を落として腕を構え、左足を素早く振り上げてみせた。
「ああ、また」
クリフトは頭を抱えた。
「姫様、お城を抜け出すたびに壁を蹴り破っていては、堅固を誇るサントハイム城もいつかは壊れてしまいます。
ブライ様が嘆いておられましたよ、このままでは、国家予算に壁の修理費を組まねばならないと」
「そんなもの、いちいち壊れるたびに修理しなければいいんだわ。
そうすればわたし、好きな時にいつだってここに来ることが出来るもの」
「またそんな……」
ため息をつくと、クリフトは観念したように立ち上がり、気に入りのオークの揺り椅子をアリーナの後ろにあてがい、クッションを引いて座らせてやった。
「で、今日は一体どうなさったんです。
またいつかのお化け鼠が、夢で追いかけて来たとでもおっしゃるんですか」
「あれはもう、とっくの昔に爆烈拳でやっつけたわ」
アリーナは得意そうに鼻を鳴らした。
「わたしは夢でも同じ敵に、二度負けることなんて絶対ないのよ」
「それはよかった」
クリフトはげんなりと言った。
リスの子供が巣穴を飛び出すように、時折気まぐれに城を抜け出しては、アリーナ姫は昼夜を問わず、無邪気に自分のもとへやって来る。
だがその都度、世話役の魔法使いブライに、翌日二人揃ってこっぴどく叱られるのだ。
何を言われてもけろりとし、べーだと舌を出している小さなアリーナはともかく、もうすっかり大きくなった自分が、長い足を折り畳んで床に正座させられ、
皆の視線を痛いほど浴びながら、「愚か者!」と怒鳴られるのは、やはり身がすくむほど恥ずかしい。
「ねえ、クリフト。今夜は星がすごいのよ。ここへ来る途中、ずっとお星様を数えながら来たの。
まるで空ごと降ってきそうなくらい、綺麗な綺麗なきらきら星!
わたし、低い音階の歌も練習するわ。だから明日は絶対、ふたりで一緒に歌を歌いましょうね!」
(……ま、いいか)
クリフトは微笑んでうなずいた。
まるで星そのもののように、瞳を輝かせて話すアリーナを見ていると、日々大人へと変わって行く身体についていくため、必死で背伸びしようとしていた心がほぐれ、
身体は青年へと変わりかけているけれど、中身はまだ十分に幼さの残る、ありのままの自分でいられるのが解る。
(ヘンタイでもいいんだ)
クリフトはそっと呟いた。
(子供だとか大人だとか、どうだっていいことなんだ。
わたしはアリーナ様だから、こんなにも好きなんだ)