いつか星が降れば
「ああ、楽しーい!ね、次はクリフトも一緒に歌おうよ!
そうだなぁ、”スミレの花の妖精が吹く笛”は?」
「その歌を、一緒に歌うことは出来ません」
無邪気に言うアリーナに、クリフトは困ったように首を傾げた。
「えーっ、どうしてよ?」
「音階が高すぎて、わたしにはもうアリーナ様と同じように歌えないんです」
「でもついこないだまでは、一緒に歌えたじゃないの」
「はい、ですが」
育ち盛りの少年を誰しも突如襲う、声変わりという宿命。
ほんの一年で、溶かした鉄を飲んだように日々自分の声だけが低くなっていき、今ではアリーナと同じように、甲高いソプラノの童謡を歌うことも出来なくなってしまった。
小さなアリーナはつまらなそうに口をとがらせていたが、気を取り直して立ち上がった。
「じゃあもう、歌はいいわ。夕刻の鐘でブライがお迎えに来るまで、庭園で遊んでいようっと。
クリフト、着いて来て」
「はい」
頷くと、アリーナはまるで今初めて気付いたように、丸い瞳を不思議そうにぱちぱちさせて、立ち上がったクリフトをじいっと見上げた。
「なんだかクリフトの顔、前より遠くなったような気がするわねぇ。
こんなにせいたかのっぽだったっけ?お前」
「は、はあ」
クリフトは顔を赤らめて、いたたまれなさそうに首をすくめた。
「どうも……、申し訳ありません」
「別に、謝らなくてもいいんだけどさ」
アリーナは無邪気にくすくすと笑った。
「でもそんなに背が高いと、なんだかクリフト、わたしのお父様みたいね。
お父様も玉座から立つと、絵本に出て来る暑い国のキリンみたいにとっても背が高いのよ」
(お、お父様)
目に見えぬ刃にぐさりと繊細な心を貫かれて、クリフトはよろめいた。
「ははは……」
自分でも、よーく解っている。
まだ10才を迎えたばかりの幼いアリーナ姫と、成長期の真っ只中である15才の自分は、既に身長は頭ふたつ分以上違い、顔つきや声に骨格、肌質など外見の特性だって、
男女違うということを抜きにしても、かなりの年齢差を感じさせる、きわめて異質な組み合わせなのだということを。
「あら、お出かけですか?王女殿下にクリフトさん」
アリーナに付き従って外へ出ると、庭を掃除していた修道女のひとりが、深々と頭を下げた。
「うん、これからお城の庭園で遊ぶの。クリフトも一緒よ!」
「それは、それは」
修道女はにこやかに笑ってみせると、すぐに真顔に戻り、小走りでクリフトに駆け寄ってきた。
なにも気づかずにしゃがみ込んで、アリの行列を眺め始めたアリーナを尻目に、そっと耳打ちする。
「毎日毎日大変ですわねえ、おてんば姫さまの子守も。
いい加減、我々しもじもにかかわりのない王家のことなどブライ様に全てお願いし、きっぱりとお断りしたらどうなんです?
王女とはいえ、いつまでもこんな小さな子供の世話なんてしてられないって。
このままじゃクリフトさん、神学校のご友人とゆっくり過ごす時間も持てないし、なによりいつまでたっても、可愛い恋人のひとりも作ることが出来ませんわよ」
またそれだ。
クリフトはため息をついた。
可愛い恋人なんて欲しくない。
だって恋する相手なら、とうの昔から心の真ん中に、まるごと場所を取って住んでいる。
ただ神にすがりたいほど悩むのは、その愛しく想う恋の対象が、すぐそばで至って真剣な顔をしながら、アリの行列を指で遮って邪魔している、
世話役のブライから「子守」を任されている「小さな子供」。
サントハイム王家の一粒種、アリーナ姫だからなのだった。