誓いの命


「これは……」

「俺の好きな奴の……形見。

そうだな、形見って言わなきゃならねえんだろうな、これ」

勇者の少年は表情に浮かぶ翳りを隠そうとするかのように、冗談めかして肩をすくめた。

「もう、ぜんぶなくしちまった。あっという間のことだった。

わたしたち、ずっとこのままでいられたらいいねってのが、子供の頃からあいつの口癖だった。

村から出られない俺にいつもくっついて回っていたから、あいつはこの広い世界すら最後まで目にしたことがないままだったんだ。

突然ひとりきりにされて、知らない所へ連れていかれて、淋しがってないか、俺を呼んで泣いてやしないか、心配してる。

出来ることなら今すぐにでも、あいつのそばへ行きたいと思ってるけど、どうも俺は、簡単にそうするわけにはいかない立場らしいからな」

勇者と呼ばれる少年の哀しいほど美しい顔に、痛みに満ちた笑いの影が浮かんだ。

「なあ、クリフト」

「はい」

「お前は今生きてる。でも明日も生きてるなんて保証は世界中を探してもどこにもない。お前も、お前の周りの人間もだ。

好きな王女のために尽くす覚悟でいるなら、俺みたいに後悔しないよう、いつでも命懸けでやることだ」

「……肝に命じます」

クリフトは頷いて、涙が膜を張ろうとする瞳をいそいで足元に落とした。

泣いてはいけない。同情も憐憫も何の役にも立たない。それに当事者ではないわたしが泣くなど、気高いこの少年に対してあまりにも失礼だ。

旅の便りで聞いたことがあった。ブランカの山奥深く、外界から隠れるように存在していた勇者の少年の村は、彼ただ一人を残し一夜にして滅ぼされてしまったのだという。

彼にはもう、愛することが出来る者すらいないのだ。

不意にこみ上げる感情のまま、クリフトはその場に膝まづき、勇者の少年の前で胸に手をあてた。

少年は戸惑ったように眉をひそめた。

「なんだ?急に」

「勇者様、貴方はこの旅にあってわたしたちの大切な先導者。貴方と出会うようお導き下さった神に、深く感謝します。

わたしにとって唯一無二の主君はアリーナ様ですが、同時にまた勇者様も、この身を賭してお仕えするべき大切なお方。貴方様を残して死んだりは致しません。

その証としてこの旅のあいだ、この命をどうか貴方に。誓います。あなたとアリーナ様のおふたりが、この未曽有の戦いにあってわたしのあるじだと」

両手で聖杖を掲げ、頭を下げると、騎士が誓いを捧げるように自らに柄を向ける。

勇者の少年は驚いたように一瞬身を引き、困惑した表情を浮かべたが、やがて仕方なさそうに杖を手に取り、「誓い、確かに受けた」と唱えると、柄にくちづけてクリフトへ返した。

「なかなかどうして見事な杖裁き。じつに様になっておられます」

「ライアンに散々仕込まれたんだ、王宮式の剣の誓いを」

「ご立派です。さすが、天空の勇者」

クリフトは微笑んだ。

「これから先、貴方の前に世界中のあまたの戦士がひれ伏し、その剣を捧げるために我先にと集うことでしょう。

ですがわたしは違います。あなたの従者であり、命を捧げた臣でありますが、それ以前にまず、かけがえのない友人でいたい」

たった今誓いを捧げたばかりの聖杖を手元でくるりと回すと、クリフトは少年の頭に嵌められた翼を象ったサークレットを、いきなり杖の先端でぱこんと叩いた。

「痛ぇっ!何す……」

「わが貴きアリーナ様に向かって、物を投げつけるという不作法、今後はたとえ勇者様といえども許しは致しませんよ」

頭を押さえて唖然とする少年に向かって、にっこりと笑いかける。

「ですが、今回はわたしにも非がありましたゆえ、これで相殺と言うことに致しましょう。

今後はもっと話し合い、仲間同士助け合って円滑な旅が続けられるよう努力しなくてはなりませんね。

わたしも、貴方にいい所ばかり取られているわけには行きません。勇者様とてライバル、みすみす負ける気などありませんから」

「何のことだ?」

勇者の少年は顔をしかめながら言った。

「目茶苦茶痛かった。善人顔してお前、意外と性根が悪いな」

「命のあるじに対する敬意は払いますが、友人に遠慮する必要はありません」

「暴力反対だ」

「愛の鞭です」

「魔物にも頭をやられたことなんてないのに」

「それは記念すべき一打ですね。ありがたいことです。あなたの友人でよかった」

「……」

冗談めかして手を合わせるクリフトをまじまじと見つめ、やがて勇者の少年の堅く閉ざされていた緑の瞳に、割れた雲間から金色の光が溢れるような明るい笑みが広がった。


「ちょっと!そろそろ夜営の準備に入るわよ!

男二人がなにしてんのよ、手伝いなさい!」

「お呼びだ。行くぜ、クリフト」

「はい」

太陽が傾き、オレンジと青紫が混じり合う日没が空気を美しく染め上げる。

世界の全てを担う彼の背中を追いながら、その先に佇む愛しい少女の姿をも視界に捉えて、クリフトは自分自身に確かめるように目を閉じると、夕暮れを広げる空に向かって、淡い光のような言葉を投じた。

「この先、どんな運命が待っていたとしても構わない。

たとえ恋がついえても、前に進む翼が折れてしまったとしても、それでもわたしたちは生きて共にいましょう。



明日も明後日も、必ず」






-FIN-


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