Present from you
「耳から心へ届いた先から、幸せがぽろぽろこぼれるようなのがいいの」
それでは一体どのようなものが、果たしてその幸せにふさわしいのでしょうか?
何十冊もの書物を漁り、王家の歴史書も紐解いて、まずは先人の知恵を拝借しようと試みる。
それでも手掛かりを探しあぐねたから、ならばと直接彼女に尋ねてみて、返って来た答えがこれ。
「あまり大仰なのは嫌だわ。王族は格式だとかなんとかいって、やたらとややこしいのを好むから。
だからってありふれてるのはもっと駄目よ。もしも仲の良い友達と偶然同じになっちゃったりしたら、最悪だもの」
でも姫様、世界にはこれだけの数の人間が生きているのです。
友人との偶然はともかく、どこかの知らない誰かと重なってしまう可能性は、予め十分考慮に入れておくべきでしょう。
「そんなのわかってるわよ。要はわたしたちにとって、どれほど大事な意味を持つかってことでしょ。
相変わらずお前は生真面目っていうか、考え方に融通が利かないのね」
も、申し訳ありません。
頭を掻いて、小さくため息。
まったくわたしときたら、それしか知らない九官鳥のようにことあるごとに謝ってばかりいる。
「いいのよ。そんな優しさがなによりお前の長所なんだだものね。
わたしこそごめんなさい。なかなかいいのが思い付かないからって、八つあたりでついお前に突っ掛かっちゃった」
「その、姫様」
わたしは思いきって、ずっと抱いていた疑問を口にしてみる。
「やはりそれは、今のうちからもう決めておかねばならぬものなのでしょうか?
わ、わたしなどは不調法ゆえ、まだまだ後からでもと申しますか、実際にその時が訪れてから考えても十分な気がしてならないのですが」
「だって、わたしたちふたりが最初に贈るプレゼントなのよ。そして最も大切な」
愛しい彼女は鳶色の瞳できっとわたしを見据え、むきになったように声を大きくした。
「じゃあお前はわたしにプレゼントをあげようとする時、その日になって何をあげるか考えるの?
今からこうしていろんなアイディアを持ち寄っておくのは、おかしなことだっていうの?」
「そうではありませんが、実際に目を合わせてみて初めて浮かぶ直感もあると思うのです」
「やっぱり馬鹿ね、お前は。クリフト」
彼女は呆れたように肩をすくめて、先程の謝罪をさっさと撤回した。
「いい?目なんかすぐに合わせられないの。まるでソロモンの開かずの扉のように、しっかりと堅く閉じられているのよ。
それにたとえ開いたって、ふた月近くはほとんど何も見えないっていうんだから」
「そうなんですか?」
初めて知る情報に、わたしは目を丸くした。
「それではそのふた月の間、一体どのように暮らして行くというのです?」
「だから、わたしがお世話するんでしょ。片時も離れずに付きっきりでね」
「姫様がお世話」
わたしは呆然と繰り返した。
大国サントハイムの一粒種の王女として、蝶よ花よとお世話されている所は何度も見て来たが、彼女が誰かをお世話している場面などこれまで一度たりとも見たことがない。
「お世話くらい、ちゃんとしたことあるわよ!お前が知らないだけ」
わたしの考えを読んだかのように、むっとした叫びが飛んで来る。
「だってお前はその時、顔を真っ赤にして汗をだらだら流しながら寝込んでいたんだもの。
ミントスの宿屋で、「うーん、うーん」って、世にも情けなーい呻き声をあげてね!」
「と、とにかく解りました」
痛い所を突かれてしまったわたしは、あわてて話の矛先を逸らす。
「ちゃんと考えます。今すぐにという訳にはいかないかもしれませんが、耳にするだけで幸せがこぼれ落ちるような、それでいて友人と偶然重なってしまうこともない、
ふたりにとって大事な意味を持つ、最初のプレゼントと成り得るものを」
「そうね、お願い。わたしも一生懸命考えるからね」
「でも姫様、それより先にわたしたちにはすべきことがあるのではありませんか?」
及び腰だった体勢を改めて、わたしは細い肩をおもむろに引き寄せる。
彼女の瞼がきょとんと数回上下して、それから鮮やかな桜色に染まった。
会話のどさくさに紛れてなら、意外と大胆に振る舞うことが出来るものだ。
生涯に一度の神聖な婚姻の誓いを交わすまで気付かなかった、自分自身の思いも寄らぬ性質。
「わたしとあなたはなによりもまず、命を運ぶコウノトリをいざなう道標を作ってしまわないといけません。
いずれ授かるであろうわたしたちの子供の名前を考えるよりも、先にね」
「ちょっ……クリフト、ま、待って。駄目よ、まだこんなに明るいのに……!」
「じゃあ貴女はわたしと想いを交わし合う時、明るいか暗いかをまず一番に考えるというのですか?
貴女を恋い慕う心のままに、昼も夜もなく思いきり触れ合いたいと願うのは、おかしなことだっていうのですか?」
「……うう」
ふくれっつらで両手をじたばたさせる抵抗もむなしく、彼女がついに白旗を揚げる。
「意地悪」
「意地悪なのではありません。堅苦しくて、考え方に融通が利かないだけです」
どうしても直らない理屈っぽい物言いも、こんな時は意外と役に立つ。
でもほんとうに彼女が降参したのは、ああだこうだと言うわたしのかしましい減らず口のせいではなくて。
「ねえ、クリフト」
「はい」
「部屋の鍵と……それから、カーテンを」
「もう一回キスしてから、ちゃんと締めます」
「今、したわよ」
「駄目。もう一回」
「これじゃあきりがないでしょ」
「何度でもキスして、貴女にちゃんと覚えていてもらわないといけませんから」
「なにを?」
「もしわたしたちふたりの間に、いつか大切な命の宝を授かったとしても、貴女は変わらずわたしだけのものだということを。
いつも傍にいて欲しいのです。片時も離れず、付きっきりで」
「それじゃわたしは体がふたつ必要ね」
「大丈夫、わたしのほうが積極的に貴女につきまといますから」
「そんな奥さん大好きの王様、聞いたことないわ」
「では、サントハイムの長い歴史上初めての奇特な王になってみせましょう」
「……馬鹿」
耳から心に届いただけで、幸せがぽろぽろこぼれ落ちる。
そんな名前がちゃんとあることと、世界でいちばん素敵なプレゼントを贈られたのは、実はわたしたちふたりの方だったということ。
今はまだ想いを確かめ合うことに夢中な恋するふたりがそれを知るのは、
それから、十ヶ月先の話。
-FIN-